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SFが提起する課題をちゃんと深刻(?)に考えれば、こういう風に自分の考えを持つことにも使える>< 

ちなみに『しあわせの理由』はロボットがセクロスする話では無い><

twitter.com/orange_in_space/st

"あと、ロボットとのセクロスについては、イーガンの『しあわせの理由』を読んで考えたけど、多くの人はロボット"で"って、考えてそうだけど、もっと進めば「ロボットがロボットの意思で人間と(も)セクロスするようになる」んじゃ無いのかな?><って、『しあわせの理由』の仕掛けみたいなの使って"

twitter.com/orange_in_space/st
"イーガンの『しあわせの理由』のネタバレにならないように書くの難しいから、ゆるくしか書けないけど、あの作品では人間だったけど、あのシステムで考えれば機械が自分の意思で人間と恋愛する事も(哲学的に?)可能だ となるよね?>< それ否定すると人間にとっての学習も否定する事になるから><"

もっと前にあげた『時の果てのフェブラリー』の方はSF要素無視するとどういう話になるんだ・・・?><;(全然話がなりたたない気が><;(ベタベタな浅い成長話?><;))

例えばさっき挙げたイーガンの『しあわせの理由』も、ネタバレしないように雑に書くと「しあわせ」って何?><を哲学的課題として描く事で、当然科学的にそれが人工的に(ネタバレなのでアレだ><;)ってなった時にどうなるのか?><
あなたはそれをどう定義するのか?>< という課題を学びその課題に目を向けなければ、単なる主人公の失恋話(?)になってしまう><(ていうか物語なりたたない気が><;)

mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243
考証が物語の根幹に強く結びついているもの、そしてそれが科学的なもの がSFだと言ってる><;
SF要素なんていらないんだというものはSFでは無い><;
何らかの課題を読者に見せ、それを科学的に捉え、科学的に問題解決しようとする、あるいは解決に導く部分では無くそもそもの課題が科学的課題であったりして、その課題自体を理解しなければ物語を読めないほどに、物語の根幹に深く結びついているもの
が、SFであると言ってる><;
稚拙かどうかじゃなく、根幹にかかわるかどうか?><
結果的に物語の根幹に科学的課題あるいは科学的解決が描かれているのであれば、物語の根幹を学べば、その科学的課題や科学的解決について読者は学ぶ事になる><
それがSF><

その必要性が無い、学ばなくても物語が(表面上では無く)成立してしまうのであればSFではない可能性が高いかも><

orange さんがブースト

でね、ざっくり言うと、考証がテキトーな作品でもSFたりうるワケ。巧拙はSFか否かとは別の話だからね。「考証がなってないから楽しめなかった」ということは十分にありうるし、そういう作品に当たってしまったならお気の毒だ。

で、不用意だなあと思うのは、"ハードSF"なんて言葉を使っちゃっているあたりか。少し残念。

mstdn.nere9.help/@orange_in_sp

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mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243
これはSF以外の物語にもあてはまるかも><
オレンジが作品を一切読んだ事がない作家の人のツイートがおもしろいので引用するけど、

村上龍さんはTwitterを使っています: 「もうだいぶ前ですが、アメリカ人の映画脚本家と、物語の構造について話したことがあります。彼は、「物語には2種類しかない」という持論の持ち主で、「人が穴に落ちて這い上がる話か、穴の中で死ぬ話」の2種類しかないということでした。面白い仮説です。」 / Twitter twitter.com/murakamiryubot/sta

"人が穴に落ちて這い上がる話"の全てがSFというわけではない><

orange さんがブースト

そもそも、SFなんて文学の一分野だよね。設定や考証なんてのは添え物でしかない。別に、無茶苦茶な設定のSFが好きというわけではない。

科学的に未だ不可能、技術的に未だ不可能であったり、起こりえない事象だったりしても、それらが起こった時に、人は如何に考え如何なる行動をするかということを考える文学の一分野だというだけ。

mstdn.nere9.help/@orange_in_sp

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イーガンの『しあわせの理由』、表題作は考証の部分を無視したらまったく違う意味の作品になってしまい何の考察にも教訓にもならない浅い話になってしまうし、表題作以外の作品もほとんどたぶん物語丸ごと意味不明に><

オレンジが読んだSFでオンライン上に感想を残したもので、考証をスルーしたら物語の根幹が理解できないと思われる(というかストーリーまるごと意味不明になる?)作品としては、イーガンの『しあわせの理由』が><

orange(@.orange_in_space)/「しあわせの理由」の検索結果 - Twilog twilog.org/orange_in_space/sea

作品に対して、SFに限らず、そして物語だけでは無くゲームとか似も対してだけど、あくまで個人的な考えとしては「何も学べないものを読んだり、何も学べないゲームをして何の意味があり何が楽しいのか?><」って考えているので学べる要素が無いものって見下してる><

一方で、今朝の話題の通り、
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp
それが低品質なものであろうともより多くの情報を得ようとも考えてる><(ので、2時間ドラマサスペンスとかも見るよ!><; その上で「これは何も学べないじゃないか!><#」って思うと見るのやめる><)

きつい言い方をすると、
mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243
"SFにとって考証って何かというと、それがしっかりしていると理解しやすいとか感情移入しやすいという程度(大切なことなんだけどね)のことでしかない。"
ような作品しか読んでいないのであれば、「SFを読んでいない」か、「SFとして読めていない」かのどちらかかも><

mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243

逆、いままで書いた事をスルーしなければ誤解無く、スルーして読んでないとしたら誤解を恐れずに言うと、
"考証ガーとか科学的にー、な人たちは、物語の内容よりそういう考証とかが大切なんだろうなあ。"

”そういう考証とか”が無ければ成り立たない物語をSFと言い、そうでは無い物はSFでは無いと言ってる><
(重ね重ねだけどSFで無ければ駄作とは言っていない><)

orange さんがブースト

油絵って、油彩絵具を使った絵ならそう呼んでもかまわないのでは?
SFにとっての油彩絵具は、起こりえないと思えた事象が起きたり、新技術によったり、まあ、様々なSF的なことに対して、人はどう考え行動するかだよね。だから、あまり考証とか関係ない。だから、「朝起きたら芋虫になっていた。どうしたことか」でもいい。それをSFとして面白いとか思わないだろうけど。まあ、それは文才次第。
考証ガーとか科学的にー、な人たちは、物語の内容よりそういう考証とかが大切なんだろうなあ。

mstdn.nere9.help/@orange_in_sp

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ALCU的自由を認められないのであれば、(A)GPLにすべきでは無いってライセンス上の話だけではなく、結局やってる事はtwitterと同じという事に気づくべきかも><
もちろん、Gabで問題になっていることは条約等(人種差別撤廃条約や国際人権規約B規約)で明確に悪(?)とされてる事だけど><
(B規約が絶対正しいとは言ってない><(ACLU的自由とは矛盾するし><))

第零の自由を欠点って言うのなんか違うというか、「だったらAGPLにするなよ!><;」って思うし、そこに言及すれば「じゃあそもそも善と悪ってどう分けるの?><」って話につながるかも><(GNUは「分けられないよね?」って発想><)
なので(かなり省略だけど)、「Gabを排除しよう」って、そもそもの脱中央集権の発想にも反する事に繋がる・・みたいな踏み込んだなんかこう・・・><

orange さんがブースト

この「ナチズム問題」がいかに深刻かというのは、日本人にとっては肌感覚で理解しがたいところがある。キツい冗談が通じる間柄ならともかく、欧米人は基本的にこの話題が出ると目の色がガラッと変わる。そもそも話題にしない。

自分からすると「いやそんな怖い顔しなくても」とか思ってしまうが、そこが当事者じゃない人間の限界か

orange さんがブースト

>Eugen “Gargron” Rochko は the Verge のインタビューに答え、Gab による Mastodon フォークに反対する焦土作戦的キャンペーンは現実的でないと述べる。

>「Mastodon のソフトウェア自体はオープンソースのフリーソフトウェアライセンスの下で公開されています。もちろんそれは大きな利点を生んでいるんですが、欠点が全くないかというと、なかなかそういうわけには」

もう、オイゲンさん個人としては Gab 排除したくてたまらないけど(まさに Gab に敵視されている対象なんだから、それも当然)、ソフトウェアライセンス的に無理な筋を通すわけにもいかない、という立場だろうか

オレンジがさっき「じゃあどういうものをSFを言っているのか?><」という実例で挙げた『時の果てのフェブラリー』
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp
で言うと、この作品の場合は時間が一定では無い場合どうなるのか?><と言う点を読者が学ばなければ物語を理解できないし、話の根幹であるし、話を理解する事イコール、時間が(以下略)どうなるのか?><を具体的なイメージとして学ぶ事になる><

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オレンジ的には全く逆で、
mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243
"その設定にしたからこそ起こりうる問題とか、そこを描かないならSFとは言えないし、SFである必要性もないでしょ。"
だからこそ!><
mstdn.jp/@sugano_akihiko/10243
"SFにとって考証って何かというと、それがしっかりしていると理解しやすいとか感情移入しやすいという程度(大切なことなんだけどね)のことでしかない。説明や考証を省いても、物語は破綻しない"
のような作品はSFとは見做さない><

SFである必要が無いものがSFである必要性はないし、何らかの課題、しかもそれを解決するのに科学的手法が要求されるものが物語上必然では無いのであれば、その科学的手法への理解が読者に要求されない、すなわち読者はその課題について科学的視点で学ぶ事が出来ないと言えるかも><

orange さんがブースト

まあさ、少なくとも、考証が確かかゆるいかは、その作品がSFであるかないかを決定付けない、という点では合意できているのかな? どうでもいいけど。

SFにとって考証って何かというと、それがしっかりしていると理解しやすいとか感情移入しやすいという程度(大切なことなんだけどね)のことでしかない。説明や考証を省いても、物語は破綻しない。言ってみれば、鰻の蒲焼に山椒をかけるとか、そんな感じ。なくちゃならないものではない。ただ、あるとより良くなる。そういうもの。
そういうところを考証厨の人とかは理解できないんだろうなあ。

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