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猫の行動を観察する感覚にも近いかも>< 「この猫はどういう風に物事を考えて次にどういう行動をとるのかな?><」って><
混乱してる人に教えるのって、相手がどういうモデルで物事を考えているかを推理するのと同じなので、推理小説を読む時に近い感覚><
オレンジは教えたり一緒に調べてあげたり代わりに調べたり、エスパーテックサポート(何言ってるんだかわからんレベルの人の状況を推測して技術的トラブルを解決する)をするのが楽しいので、あれかも><;(プログラミングする感覚や、パズルを解いたり推理小説を読む時に近い感覚でおもしろい><)
前後したけど、教える時に「なんのためにこれが必要か」って説明が必要なのもそれかも><
「教えてくれ」と言う割にはこっちがアドバイスすると「いや、〜だからいい」と否定して言うとおりに実践しない人に出会ったときははっ倒してやろうかと思ったことがある
あと、操作方法とかのエスパーサポートしまくって身に付けたけど、相手が典型的な「どのボタンを押すかだけ言って」っていうメカ音痴である場合でも、それを無視して「具体的になんのために、いまどういった事をしてるのか?」という説明を必ずつける事をこころがけないと、結局手間取って教えるのに時間かかるかも><「どのボタンを押すかだけ言え」ってタイプの人も、どのボタンを押すかだけ言っても正しくその通り操作してくれない><;
それはそう><;なので、応用を教える時に「という事はさっき教えたのが役に立つかも・・・?><」「もしかしてあれか!!!」ってなるように誘導?したりする><それすると教わる側がそこからノリノリで?話を聞いてくれるようになるし、独学嫌いな人を独学好きにさせる効果みたいなのもあるかも><
「こないだ教わったものをを使うとコレができるんじゃね?」って視点を持てないのも問題じゃないかしら
私はそういうのが好き
なんの役に立つんだか何が面白いんだかさっぱりわかんない物をわかんないまま教わっても、テストの点さえよければいい程度しか教わる側が努力せず、ちゃんと仕組みから理解しようなんて事に全然ならないのも当然かも><
で、オレンジは教わるの苦手で教わる側が「うぉーーー」ってなっちゃう気持ちもわかるので><; 土台から教えてゴールが見えないような形にするのはなるべく避けて、「こういう得をするのでこういうものがある><」とか、こういう風におもしろい みたいな事を出来る限り早く出すようにしてる><(つまり、教える側の時にもオレンジが独学する時の流れでやってる><)
オレンジ的には自分が学ぶ場合にも、お節介で相談にのって教えてあげる時にも、とにかく話を聞く事が大事だと思ってて、教える時には相手がどれくらいそこに至る知識が欠けてても、話を聞くのであれば無限に優しく教えるし、話を聞かないのであれば「話を聞かないから無理><;」って言うかも><
いわゆるポンコツな人って、誰かが教えてる時に話を聞かないというか教わることを拒否する人多いかも><;(たまにちゃんと真摯に聞くのにダメな人もいるけど、かなり少ない印象><;)
上の方を「教わる」ならば、予め下の方の認識を教える側と教わる側で揃えないといけないかも>< 「そこわかんないから待ってて」って待たせるわけにいかないし><;独学であれば学ぶ順番に制約がないので、わかんない部分が出てきたら、その時にわかんない部分を理解するための土台を割り込ませて学ぶって出来る><
独学しかできない人と真面目にカリキュラムに沿ってお勉強するタイプの人って、それぞれ考え方が全く違う気がしてる><独学は、完成形をピラミッドの頂点とするとそこに至るために欠けてる部分を下に辿って探索して埋めていくかも><カリキュラムに沿ってのタイプは文字通り土台から積み上げていくかも?><
独学であれば数学の用語自体を覚えられなくても、考え方さえ頭の片隅に入れておけば「あれの事か>< あれってそんな名前ついてたんだ><;」でなんとかならなくもないし数日後に忘れてもまた必要になった時に調べるなり、プログラミングであれば前に書いたコードを読み返すとかして「なるほど><;」ってあれだし><(読み返すことを考えて普段から命名をしっかりしたりちゃんと読めるコードを書く習慣をつけてないとなにがなんだかわからなくなるけど><;)
オレンジが数学ダメダメでもしかすると(たぶんもしかしなくても)生まれつきのあれで(?)、で、数学は必要に応じてで調べる方式で何とかしてるあれだけど(?)、自分がそうだから思うけど、むしろ教わるよりも独学の方が向いてると思うし独学すればいいのにって思う><(?)
ドヤ街に行けば命だけはなんとかなるって時代ですらもなくなってしまったし><
経済的問題としてもうひとつの面として、昭和であれば親が酷くて早く独立しても(というかほぼ家出で教育をちゃんと受けられなくても)、苦労しながらも生きていける環境ではあったのが、そういうの無くなって普通に生きていけないし福祉の面でも悪化してるし、昭和と比べて選択肢が超狭められてしまったのもあるのかも?><
どんな家に産まれるかで自分の経済状態もほぼ決まってしまう、という感覚が日本で一般的になったのはここ20年くらいで、ガチャという言葉がそこにフィットしたというのもあるんだろな
子供は親を選べない、はどちらかというと親側に対する警句な気がする
「子供は親を選べない」って言い回しは昔からある 「親ガチャ」はそれを今ふうに言い換えただけくらいの印象を持ってる(ちと品がないなとは思うけど
思考の /dev/null