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しゅごい><

"【マイクラ1.17】「手すり付きの橋作り」を半自動化してくれる装置【Java便利装置】" を YouTube で見る youtu.be/lZqFj7JlpTE

大出力で真空管の方が楽な所を無理に半導体化するの、本末転倒っぽくてわりと謎><
2015年頃のNHK中波送信設備に関する資料 (#.4052053) | 民放AMラジオ44局がFM局に転換へ。2028年秋までに | スラド srad.jp/comment/4052053

orange さんがブースト

ゼミでは「理由が説明できない行動はとるな」てのはよく言ってます.

真面目な人は、真面目にやるので、手順の提示と結果の確認ではプログラマとしての基本的な能力があるか見極めるの難しそうな気がする><
逆にいうと、プログラミング出来ない人のうちさらに真面目じゃない人のみが、そういう場面で落ちこぼれる事で表面化するかも?><
で、おもしろいことにプログラマってある程度怠慢な人じゃないと出来ないわけでアレかも><;
(状況を見極めて「めんどくせー! こんなものは機械に任しちまえ」って思えないと、機械化が進まない><)

orange さんがブースト

書いてある通りやりゃいいものを,雑にやって「言うとおりにやったのにできません」って結構多いです.

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ていうか、プログラミングできないタイプの人って思考が雑かも感><

orange さんがブースト

プログラミングできないひと,思考が云々というのももちろんあるだろうけど,ただただ「やることなすことが雑」って人多くないですか?

orange さんがブースト

> 「他の優秀な人が出力する結果」と同じ結果さえ出せれば存在意義がある

まぁこれはプログラミングに限らず,学校という社会でしか通用しないのよね.

なんで「これからは」って形かというと、それまでは確かに魚さえ手に入ればなんとかなる世界で生きてきたわけで、「いままでもそうだった」ってやりかただと、その人の人生を否定する感じになってもっとheavyかもって><;
「いままではそれでよかったけど、プログラミング等の設計分野やアート等のクリエティブと言われてる分野は、『これまでと違って』少しも無から自分で作り出せない人には価値がないんだよ><」って教える方が優しいかも><;

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ひどい言い方だけど><;
プログラミングできないタイプの学生の人、たぶんそれまでは「他の優秀な人が出力する結果」と同じ結果さえ出せれば存在意義がある人生を送ってきただろうけど、プログラマの世界は既知の物と全く同じ物しか書けない(=100%コピペしか出来ない(組み合わせることすら出来ない))のであれば存在意義ゼロという、そういう人にとっては新しい世界に突然来てしまった感じだろうし、
それまでは魚を貰えばなんとかなる人生だったけど、この先(プログラミング)は魚貰ってもなんの意味もないし漁のやり方を覚えなきゃ存在価値がないという 『設計する事』が持つ面を教えてあげないとあれかも><

ていうか、プログラミングは『設計』であって既存の事と同じことをする『作業』とは違うので、答えのみを求めても全く役に立たないし、「既存の製品があるならお前に発注しなくても既存の製品を買えばよいので存在意義が無い」ってわりと最初の方で教えないとアレかも感><
完全に トレースだけしか出来ない画家に存在価値がないのと同じって><

orange さんがブースト

授人以魚 不如授人以漁(人に授けるに魚を以てするは,人に授けるに漁を以てするに如かず)

なんだけど,とかく答えを欲しがる学生には嫌がられますねぇ.

『プログラミング出来ない人』にプログラマが「なんで出来ないんだ!?」ってなっちゃうの、メカ音痴の人が機械相手に「なんで出来ないんだ!?」ってなってる構図と似てるかも><
そしてきっと『プログラミング出来ない人』が計算機相手に「なんで出来ないんだ!?」ってなってる構図とも同じかも><
プログラミング出来る人は、機械側の各ステップをちゃんと見たり、状態を見たりするよね?>< 『プログラミング出来ない人』に対しても計算機を扱う時と同様に考えればいいんだと思うよ><

微妙にメタな面として、プログラマに必要な能力として「普段当たり前のように無意識にやっていた事を、具体的にどういう情報を元にどういう判断をしてどういう行動をとっているか?><」を自問して各ステップにわけてミクロ化していくってあるじゃん?><
そうじゃなければ機械を動かすソースコードに落とし込めないし、プログラミングの設計の作業その物かも><

それをメタに「プログラマがどうしてプログラミング出来るのか?」という所に当てはめて考えてみたら、『プログラミングできない人』に『プログラマがほとんど誰でも自然に行ってる考え方』を授ける作業って、とてもプログラマ的って思うかも><

『ある人をプログラミング出来ないところからプログラミング出来る人にする教育』って、プログラミング言語を教える事ではなく、『プログラマの考え方をする人』に変える事であって、
プログラミング言語を教えられた程度でプログラミング出来るようになるような人は、実際の環境に触れてなかったからやってなかっただけで、元から『プログラミング出来る人』だったんでは?><
みたいな事が言いたい><

で、オレンジがプログラミング教える時はプログラミングその物を教える前に「プログラマはどういう風に物事を考えているか?><」を教えて、物事の捉え方や考え方をプログラマのものに書き換えていく形である意味性格を変えていく形でやるけど、
プログラミングできないタイプの人にプログラミングを、例えば特定の言語を教えた所でプログラミング出来るようにはならず、遠回りに見えてもオレンジみたいにやらないと無理だからこそ、NHK eテレの教育番組もそうなってるんじゃないかと><

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で、小学校のプログラミング教育のNHK eテレの番組を見てみると、どうやら小学校のプログラミング教育はそういう事が出来るようになる考え方を育てる教育っぽい、つまりオレンジが「必要かも><」って書いてた事に近い面があるように見えるし
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp
に書いた通り、そういう事が出来るようにすることが『プログラミング教育』かも><

orange さんがブースト

本題的には、(少なくとも従来型の)国語教育は、失敗できない(失敗がない)のがダメかも><
プログラミング教育であれば、目標を達成できないとかそもそもビルドが通らないとかで明確に失敗できる><
小学校とかの国語の授業でも、『説明する側』と『説明を聞いて実行する側』と『結果を検証する役割の人』に分けて、なんらかの作業を遂行するための一連のコミュニケーションを設計し実行し、それを検証することを実際にやってみる授業とかをやったら、プログラミング教育の論理的うんたらの代用になるかも><
プログラミング教育の方がたぶん手っ取り早いけど><;

アメフラシ先生の話題の議論だいたい読み返したけど、オレンジがよく書いてる「普通の国語の授業じゃなく、失敗できる授業みたいなやつが必要><」って話のあれかも感><

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