この前知ったNHK eテレの小学校向けプログラミング的嗜好入門番組でもちゃんととりあげられてる><(オープニングのイカロボット)
#3 | テキシコー | NHK for School https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005180403_00000
裁判すればうんたらは、裁判は一応 未定義部分を社会通念と称するものを反映する事にはなってるけど、それが直接的あるいは選挙等で間接的に民意を反映しているものと言えると思えないし、結局の所、裁判は既存の法律に照らし合わせて判決を出すものなので、法律自体のデバッグそのものではないかも><
(例えばある法律が違憲であるとされてもその修正をするのは立法のお仕事であって司法のお仕事では無く、民意を折り込みながら憲法や国際法に違反しない形に持っていくのは法律をつくるプロセスの中であって、「適当につくったら裁判所がなんかしてくれるでしょ」は法律の意義を無くすし、そしてこの法案の話は法律をつくる話であるので><)
「いろんな副作用も」LGBT理解増進法案 自民部会で紛糾 了承見送り|TBS NEWS
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4272640.html
> 「法を盾に裁判が乱発する」
本当に笑い事ではないんだけどこの一言めちゃくちゃ面白いな、「テストを増やすと修正すべきコードが増える」とか言ってるわけでしょ
いいから不具合を直せ
Mastodon が普及しつつあるけど、元 GNU Social 勢として思うこともありまして - 何とは言わない天然水飲みたさ
https://blog.cardina1.red/2017/12/15/comparison-of-mastodon-and-gnusocial/#ref-footnote-dont-share-resources
> では、そういった面倒やトラブルのリスクを軽減する根本的な手段が何かと言えば、それは当然「他人と同じリソースを共有したり奪い合わない」こと[13]である。
昔から同じ考えだけど、結局共有リソースをどうするかが問題なので、それを解決できる最小の単位での調停があれば本来は十分なはずなんですよね。
要は、大多数が愚かであり大多数は少数に管理されるべきという発想であれば、SNSだって分散で各々が決定権を持つべきではなく書き込み内容は検査されるべきであり問題があれば排除されるべきとなってしまい、「ツイッターなりFacebookなりを使え。そこから排除されたら二度と意見を表明するな」みたいなことになっちゃう><
オレンジ的には完全に優しい(?)わけではなく、啓蒙はしてるけどそれでどうにもならない人を排除する事は選択肢として十分あると考えているし、だからこそ(fediverseに引っ越してきても)ツイッターやらFacebookが陰謀論者等を排除したり、それどころかGAFA等の支配は危険と考える一方でパーラーの排除にも賛成しているわけで><
「排除される側になりたくなければニュースを読んだりして色々学ぼう><」と言ってる感じかも><
単純に最初から諦めて馬鹿の排除のみの方向で考えてたら、そもそもfediverseの理念も成り立たないかも><
(馬鹿が排除されることを回避する仕組みが分散SNSでもあると言えるわけだし><)