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「優れたものがよく使われる」が幻想だとまでは言わないけど、反例は無限に見つかるよね(そしてその理由は資金力、宣伝、ユーザの無知、そんな感じのものだったりする)
シェアを獲得したいという欲求は、暗黙に人々を(自分の方向へ)動かしたいという欲求でもあるので、必然としてユーザを重要視することになるけど、それはシェアを評価関数として使うからでは? みたいな気持ちもある
金をとらずに個人で自分の欲しいものを作るには、これはコスト高すぎるし回らない
商業でやるなら、ユーザ数を増やすことで利益を得られて、それを開発に費やすことでユーザの要望に応えてシェアを獲得、という正のフィードバックを回すのが正義かもしれないけど
ユーザーの範囲を狭く見過ぎかも>< ほんとに何もかも全部自分で作るのならその通りだけど、誰かが手伝ってくれるかもしれないってバザールモデルではなおさら、自分以外の不明な誰かを想定しないと手伝えない><
「オメーのやりたいことはオメーが実現しろ」のスタンス、スケールするので持続しやすい。逆に開発者がユーザの要望を背負うと、コストが相当高くなる
一般的に、本人しか使えないモノってデザインがおかしい=理にかなっていないデザインかも><
「あなたも使えるし、あなたが使いやすいよう改造もできるけど、私はこれを作るうえであなたを重要なファクターとして捉えていない」みたいな発想
本一冊書き写しレベルの書き写しになっちゃうから省きまくってるけど、ある種の教育ともいえる文化にあわせるのもそれはそれで正しいデザイン><
基本的に、教育されていれば問題ないというのはヒューマンエラー対策のデザインでは言っちゃダメというかそれを正しくないデザインという><でも現実的に不可能であるのであればそれは教育で補うしかない、けどそれはデザイナーの敗北であることは間違いない><的な・・・><
もし(教育などによって)後天的でありうるのであれば、「教育されていない/センスのないユーザが使ったから必然的な勘違いが発生した」みたいな事故もありうるだろうし、それをデザイン欠陥として捉えるにはいくぶん違和感が残る
ユーザにとっての使いやすさ(或いは間違いにくさ)というのが先天的なものと考えられているのかそうでないのか、その辺りには若干の興味がある
ユーザーが開発者って視点の時、実際には『プログラマ』みたいな意味じゃなく単に自分や内輪だけって場合が多いし、実際UNIXもそういうものかも><(そうであっても移植性を優先したって話だけど><)
UNIXのシンプルは、UNIX上の開発者ではなくUNIXそのものの開発者にとってのシンプルなのでちょっと意味違う><("UNIX"をさらに"あるUNIX上のソフトウェア"とも出来る><) のはとりあえず置いておいて><;(?)
或いはそれもまた「やりたいことを自分でできることは大事」という思想をユーザ側にまで適用した結果として得られる前提条件かもしれないけど
ユーザとはコードを読んだり弄ったりする能力のある者で、実際そうすることもある、と定義してモノを作ると非常に楽なことが多い
べつにユーザを考えていないわけでもなく、ユーザが開発者たち自身であるというだけでは(知らんけど)
毎度おなじみD.A.ノーマンの言葉からも引用すると もっと見る
"ほとんどの産業事故はヒューマンエラーが原因とされる。推定では75%から95%の間であるとされる。なぜこんなにも多くの人間がダメなのか? 答え-彼らがダメなのではない。それはデザインの問題なのだ。"(『誰のためのデザイン? 増補・改訂版』P.225)
UNIX界隈自体がユーザーファーストの発想全くないしそれこそがアイデンティティ(それを「作る側にとってのシンプル」を優先)だからあれだけど><
ていうか、らりおさんの発想ってActivityPubに限らずどの話題でもユーザーファーストの正反対っぽさを感じる><(例えばソースコードの読みやすさの話とかも書きやすいコードは自分のやりやすさで、読みやすいコードはよむ人=ユーザー優先の発想><)
思考の /dev/null