><https://twitter.com/orange_in_spacehttps://pawoo.net/@orange_in_space
そう考えると、(強い意味での(?))デザインする事=過去の否定をする事 とも言えそう><(そのままで良いならそのままで作り続ければ良いんだし><)
そもそもものを作ること自体が過去の否定であるとも言えるからなぁ
オレンジ的には、必然的に決まり、それが約束されるデザイン が正しいデザインって考えてる><例えばさっきのノーマンの本で例として出されてるドアのパニックバー(火事とかの非常時にバーが押されると開く仕組み)とか、群衆に押されたら開く必然的なデザインで、ドアが開くことを約束してる><
そもそも私は良いデザインはない(語弊のある表現)と思っているので、説明されたところで別にって感じですね
・・・となると、発端の話のwindows as a serviceのようなものは(ひとつレイヤが上がるけど)デザインとして正しいのか?>< ってなっちゃう><常に過去の製品デザインとして否定され続ける><
そのデザインを作り出した本人にとってはそれがベストであっただろうし、抵抗なく受け入れる人もいるわけで、それを "間違い" や "誤り" として切り捨ててしまうことには抵抗感がある
あまりデザイン等を "間違い" や "誤り" として断じるのは個人的に好まないな...
デザインで「良いデザイン」を思いついても、それが長く通用しなかったのであれば良いデザインでは無いかも><
(ただ、当たり前だけど技術的制約のような理由はある程度仕方ない>< 例えばコスト的にCRTしか現実的に選択できなかった物がLCDやOLEDに変わって形状が変わったみたいな事は失敗とは言えない><)
オレンジがApple嫌いなのも、そういう意味でデザインの誤りを認めないでコロコロ変えるから><(つまり、デザインで約束を果たせてない(あるいは約束していない)=デザインを失敗し続けてる とオレンジは解釈する><)
そんな感じ><「一昨年までの仕様はこうで、去年の仕様はこうで、今回はこう変更するんです!」「つまり、去年の仕様は間違ったデザインだったんだね?>< 先にどう間違えていたか説明したら?><」みたいな感じ><(実際にやってる例としては、MSのデザインガイドラインでダメな例として古いバージョンのペイントを例にしてたり><)
なんというか、"仕様変更したのであればそれは失敗だったのだからなぜそれをこうしたのかを説明しろ"みたいな…?
意図あってるかわかんないけど、妥当性を...の方に近いかも><
むしろ失敗なのは当たり前なんだけど、ユーザ側はその失敗を受けたくないということなんだろうか、それともその仕様変更の妥当性を証明しろ、ということなんだろうか
コロコロ仕様が変わる=その仕様には必然性は無かった(=結果的にそのデザインは正しくなかった) みたいな考え方><試行錯誤は必要な事だけど、その中での失敗は失敗だよと言いたい><
オレンジが作ったソフトウェアってユーザー少ないからあれだけど、それでも自分以外の誰かが使いはじめる瞬間からそこにデザインの約束が発生するので、仕様の約束ができないと考えてる間はリリースしないし、設定ファイルとかは必ず最初に公開されたバージョンの物も読めるように互換性維持する><
><もそのままだし、日本語微妙におかしい部分も原文ママで引用><;
誰のためのデザイン?は良い本。日記: 「誰のためのデザイン? 増補・改訂版」読了http://diary.osa-p.net/2015/09/blog-post.html
参考文献のようなもの書くだけだとなんかフェアじゃない気がするので、前に自分で書いた言葉をそのまま引用すると><
"デザインは約束でもあるから、守れない約束は気軽にしてはいけない>< 大きく変更するのであれば、その変更には必然性が無ければいけないし、そしてその新たな約束は守らなければいけない>< 保守的であれば良いわけでは無く、保守的であれば後に変更の必要が多くなる事も考えないといけない><"
一応、参考文献のようなものとして、ノーマンの『誰のためのデザイン?』の増補・改訂版の方の3章と4章辺り><(雑)
LTSB前に欲しいと思って調べたときに今はどうかわかんないけど3個セットじゃないと買えなくて「・・・><;」ってなった><組み込み向けのエディションの方はライセンス的に通常のデスクトップOSとして使うのはダメってなってたかも><
思考の /dev/null