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音威子府の「ぷ」って現地発音だと母音が欠落するのかしないのかどっちなんだろう?><

音威子府村ホームページ - 北海道で一番小さな村
vill.otoineppu.hokkaido.jp/

地名のローマ字表記での母音カットもある方がいい気がするの参考><(?)

関西出身者がいくらイントネーションを標準語っぽく話しても関西出身が見抜かれてしまう理由は「母音が脱落しない」から - いまトピ
ima.goo.ne.jp/column/article/1

あと地名のローマ字表記で最後の母音カットもちゃんとルール化していい気がする><
例えば「新宿」ってたぶん関東人はshinjukuじゃなくてshinjukって発音してるじゃん・・・?><

[B! 文字] ローマ字表記、ルール改定へ 実態そぐわず、約70年ぶり | 共同通信 b.hatena.ne.jp/entry/s/nordot.

地名に関してはどうやってもあれなので(?)、どうせならアメリカ英語発音にあう表記を基本として、アメリカ英語だと珍妙すぎて他の英語圏の人も読めないような表記になる時は英国な英語発音に沿った表記にすればいいと思う><
どうせヘボン式にしてもたとえばフランス人は発音できないんだし><(フランス語話者は「原宿」が「あはじゅく」になっちゃう><(オレンジが新宿駅で実際に尋ねられた事例><;))

orange さんがブースト

アイコンの変化を探してしまった

orange さんがブースト

無理矢理オレンジが言葉を作るなら「制作背景考察視点発生点」みたいなの><;

なんかこう「これもしかしてあの社会問題をベースにしたお話?><」みたいな事が思考に現れて「ということはこんな結末のお話に進むのかも?><;」って考えが突然現れるタイミング><
これを越えたあとだと読み方が「どうなるんだろう><」から「作者はこの問題に対してどういう考え方を持っているんだろう><」に変化してくよね><

そういえば、何度か書いた気がするけど、
何らかの物語を読んだり見たりしてる時に、ある程度話が進んだところで「(作者は何が言いたくてこの話を書いたんだろう?><)」ってある意味没入から離れてメタ視点になる瞬間って、なんか固有名詞あるのかな?><
バックグラウンドに目が行くようになるタイミングみたいなのを指す言葉><

orange さんがブースト

あとは、「このラストシーンのあとに続きの文章を想像して書いてください」みたいな課題も読みを深める方法として使われるか。
本人の信じ込んでる読みを外側から変えるの難しいし、やるならそうやって内側から自分で考えさせる方が良い読みに繋がるんだろうな。

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orange さんがブースト

「ごんぎつねが死んでない」解釈を主張する子供もいて、その気持ちは分かるしある種の読みだけど、それはラストシーンの解釈を深めるにあたり横道に逸れるから、あえて話し込んだりしなかったという先生の話もある。

edupedia.jp/archives/13662

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orange さんがブースト

中学年の国語に題材にごんぎつねが選ばれてる理由は、指導案見ればいいけど、特にラストは
・複数の読みができること、
・他者の違う読みを比べたり話し合えること
・作者がその展開にした理由を考えること
ができるからであって、1つ辛辣な解釈ができるから教科書に載せるには酷い話というのも、その解釈のみが正しいと思うのも的外れではある。
(ただ、現場なら先生が話の軌道修正してくれるし、そんな意見出ること自体は間違いじゃない)

これの"明日"ってマジで作詞の締切日である明日って意味みたいな話><

そういえば、「作者は何を考えていたでしょう?」「締め切りが迫っててどうしようって考えてた」
的な読み方が正しい解釈である珍しい事例、これかも><;
前にテレビ番組で作詞した本人が説明してた><;

SMAP 夜空ノムコウ 歌詞 - 歌ネット uta-net.com/song/10065/

orange さんがブースト

ごんぎつねは兵十が一番つらい話だと思ってる
うなぎを盗った「いたずら狐」と「栗を置いてく誰か」が同一人物だったと知った兵十の胸中たるや
ごんは狐だから謝罪なんて社会的な手段は持ってないしいわし屋に殴られた兵十を見て初めて盗んじゃダメっぽいと気付くし新美の初稿では兵十に気付いてもらえて「うれしかった」りするんだよな
二人がずっと噛み合わないまま終わるから切ない気がする

ごんぎつねの教科書掲載の意図も含めて考えた場合に、もし因果応報説を採るのであれば、小学生に「やったぞ! ついに狐を撃ち殺したぞ! やったぜ兵十! 人間様が持つ銃こそが正義の鉄槌を下すのだ!」って思ってほしいのかもともならなくなりそうだしUSAの主に南部っぽさ><(?)
映画で言うとこれ><(?)
エンド・オブ・キングダム - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A

解釈に幅があることは多様性だけど、矛盾がある解釈を複数の正しい意見のひとつにしてしまうと、何らかの誤りがあった時にそれを見つけ出す力が失われるし、その誤りは単にその特定の文書でのですめばいいけどそんなことはなく、何らかの文からの解釈から別の何らかの決断に繋がり、それは時に誰かに損害を与えることにも繋がるので、「それぞれ」のなかにも「それぞれとしても、それぞれの範囲の中で誤りはないか?」という視点が大切なんだよ><
今日の話の発端の「古典を教えるべきか?」も、肯定否定それぞれだけど、根拠に誤りがある主張は「それぞれ」ではなく誤った主張だよ><
それまで「それぞれ」にしてしまうと誤った主張に沿った誤った道に進むことを止める力が失われるよ><

orange さんがブースト
orange さんがブースト

「贖罪の心を持ってようが一度犯罪をおかしたものは一生犯罪者だ! そんな犯罪者にはどんな復讐をしてもよいのだ! 贖罪なんて無駄だ! 死をもって償え! ぐはは」なんて、法治国家の考え方にまるっきり反するお話を、一応(?)法治国家の教育のお役所が教育に採用するって考えるの、わりと無理がある気がする><

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