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この前の、にじさんじの韓国の人?のETS2配信、見に行ったらちょうど終わっちゃったやつ、今アーカイブ飛ばし飛ばし見てみたけど、
コメントとかチャットに初めてにしては上手かったってあったからちょっと期待して見たけど、VTuberの標準的なめちゃくちゃな運転そのまんまだった・・・・><(リスナーさん優しいね><;)

そういうのの文化、パソコン通信時代まで遡って思い出すとおもしろいかも><
パソコン通信はハンドルネームの方が普通で、同時期のごく限られた人が使ってたインターネットは実名文化で、パソコン通信文化圏の人的には「実名とかわけわからん」だったかも><(オレンジもパソコン通信では全てハンドルネーム><)

orange さんがブースト

もちろん「現代におけるSNS」がそういうモノである,ということ自体は否定しないんだけど...

それに安易に乗っかって未成年が安易に実名公開してしまうのは危ないかなぁ,というはやはり思います.

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orange さんがブースト

それは,たぶん逆かなぁ,という気がする.

FBもTwitterもどっちもかなりアンダーグラウンドの流れから始まっていて,リアルのコミュニケーションの補助的性質は後付けされたものな気がします.

orange さんがブースト

というか、多くのSNSは本来はそういう目的の上にあって、匿名性の高さを目指すのはかなりアンダーグラウンドなものの流れを汲むんじゃないのとか思う。

1990年代にレンタルビデオとかでBTTFを見てた時は「マイルとかアメリカの単位わけわかんないよね><;」って思ってたのが、今は「mphの方がわかりやすい!><;」になったけど、当時まさかこうなるとは全く思ってなかった><;

タイムサーキットの日時設定するやつも、ちゃんと14セグLEDを使わずにそれっぽいパネルを差し替えて撮影してたから、速度とかもなるべく撮影しやすいように工夫してたのかもって><;

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でデロリアンが時速88マイルだった本当の理由 - フロントロウ | グローカルなメディア front-row.jp/_ct/17414391

"...「まず第一に誰かが誤って運転しない速度にしたかった」とコメント。..."
"...ボブは続けて、「もう一つの理由は、覚えやすいから」と、「時速88マイル」が決定した意外すぎる理由をシェア..."

てっきり「7セグLED全部点ければおkなので撮影が楽だから?><;」って思ってた><;

走行可能なデロリアンの台数、アメリカに次いで日本が台数2番目のような気がしてる><(気がしてるだけ><;)

orange さんがブースト

そういや何年か前に秋葉原でデロリアンの実物を見たなぁ

展示とかじゃなくて誰か個人の持ち物だとおもうけど普通に走ってた

orange さんがブースト

「手つなぎゴール」は都市伝説ではなかった! 枚方・高槻ではあったようだ[追記あり] : しょほしょぼ blog.livedoor.jp/sumiin/archiv

「競争のない運動会」を考えるために(2) | CiNii Research cir.nii.ac.jp/crid/15205723583

1996年6月11日(火)
競争のない運動会 ~順位をつけない教育改革の波紋~ - NHK クローズアップ現代 全記録 nhk.or.jp/gendai/articles/585/

「運動会で手をつなぎながらゴール」は本当にあったのか?ゆとり世代が証言します。 | たかっちのブログ ameblo.jp/takacchi1218/entry-1

orange さんがブースト

背が高い子は高い所の物を取る能力に期待できて、背が低い子は低い場所にあるものを探す能力に優れている事に期待できる><
タスクに視点を移せば優劣はある><
中村氏の発想は優劣というものを人物単位に限定された言葉のように言っているからおかしい><

orange さんがブースト

足が速いけど泳げない子と、足が遅いけど泳げる子が居て、足の速さが活かせるタスクを前者に割り当て、泳ぐ必要があるタスクを後者に割り当てるべきなのは、それぞれ脚力と水泳能力に優劣があり、それぞれの面で優れているからであって、その違い評価での優劣の違いのセットが個性であって、個性の存在をもって各スキルの優劣の違いの否定にはならない><

orange さんがブースト

アフタヌーン作品の映像化と多様性問題|アフタヌーン編集部|note note.com/afternoon_manga/n/n48
"中村哲さん..."
"...「泳ぎの速い子がいて、遅い子がいて、泳げない子がいます。皆それぞれ違っていますが、優劣ではないのです。優劣などないのです」"

これかなり珍妙な発想では?><
「ひとつの指標でその人物の全てを判断すべきではない」であれば同意だけど、ある目的に対してそれを遂行できるスキルの有無は優劣であり、だからこそその人の優れた部分にあったタスクを割り当てれば(作業を設計すれば)その人を活かせる、故に多様性というものは優れているわけで、タスクに対する優劣の存在を否定したら結果的に個性をも否定する事になる><

パッと思いつくのが、幼稚園?小学校?のかけっこでみんなで一緒に手を繋いで一緒にゴール系のやつだけど、あれって都市伝説なのか実際に行われてるのか?><
そういうの、倫理教育上(公民教育上)、教えなきゃいけないのは「脚の速さのみでひとりの人間全てを評価したり、全く関係ない事柄で脚の速さを理由に不当な扱いをしてはいけない」であると思うんだけど、なぜか単に一緒にゴールで済むかのように教えてるっぽさ><(都市伝説なのかも知れないけど)
それだと教育も馬鹿が諦めない程度の内容しか教えるなみたいになっちゃう><

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