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「手つなぎゴール」は都市伝説ではなかった! 枚方・高槻ではあったようだ[追記あり] : しょほしょぼ blog.livedoor.jp/sumiin/archiv

「競争のない運動会」を考えるために(2) | CiNii Research cir.nii.ac.jp/crid/15205723583

1996年6月11日(火)
競争のない運動会 ~順位をつけない教育改革の波紋~ - NHK クローズアップ現代 全記録 nhk.or.jp/gendai/articles/585/

「運動会で手をつなぎながらゴール」は本当にあったのか?ゆとり世代が証言します。 | たかっちのブログ ameblo.jp/takacchi1218/entry-1

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背が高い子は高い所の物を取る能力に期待できて、背が低い子は低い場所にあるものを探す能力に優れている事に期待できる><
タスクに視点を移せば優劣はある><
中村氏の発想は優劣というものを人物単位に限定された言葉のように言っているからおかしい><

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足が速いけど泳げない子と、足が遅いけど泳げる子が居て、足の速さが活かせるタスクを前者に割り当て、泳ぐ必要があるタスクを後者に割り当てるべきなのは、それぞれ脚力と水泳能力に優劣があり、それぞれの面で優れているからであって、その違い評価での優劣の違いのセットが個性であって、個性の存在をもって各スキルの優劣の違いの否定にはならない><

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アフタヌーン作品の映像化と多様性問題|アフタヌーン編集部|note note.com/afternoon_manga/n/n48
"中村哲さん..."
"...「泳ぎの速い子がいて、遅い子がいて、泳げない子がいます。皆それぞれ違っていますが、優劣ではないのです。優劣などないのです」"

これかなり珍妙な発想では?><
「ひとつの指標でその人物の全てを判断すべきではない」であれば同意だけど、ある目的に対してそれを遂行できるスキルの有無は優劣であり、だからこそその人の優れた部分にあったタスクを割り当てれば(作業を設計すれば)その人を活かせる、故に多様性というものは優れているわけで、タスクに対する優劣の存在を否定したら結果的に個性をも否定する事になる><

パッと思いつくのが、幼稚園?小学校?のかけっこでみんなで一緒に手を繋いで一緒にゴール系のやつだけど、あれって都市伝説なのか実際に行われてるのか?><
そういうの、倫理教育上(公民教育上)、教えなきゃいけないのは「脚の速さのみでひとりの人間全てを評価したり、全く関係ない事柄で脚の速さを理由に不当な扱いをしてはいけない」であると思うんだけど、なぜか単に一緒にゴールで済むかのように教えてるっぽさ><(都市伝説なのかも知れないけど)
それだと教育も馬鹿が諦めない程度の内容しか教えるなみたいになっちゃう><

例えばなんかの映画が流行ってるとして「見たけどつまんなかったよ」って言えない人間関係に日本の若者だけなぜかなってるみたいな話だけど、大人でも(?)togetterとかで「誰かがいいと思ってる作品を貶すな!」系の主張をする人がいるけど、まさにそういうのが日本だけ若者に起きてる変化の典型かも><
日本だけ謎の豆腐メンタル><

ややこしい文章だけど、豆腐メンタルの人が減らずに増えるって話ね><;
(全肯定しろって話じゃなくむしろ逆><;)

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オレンジの話の元ネタのヒューマニエンスの放送はこの回><

「“友情” 集団で生きるための発明」 - ヒューマニエンス 40億年のたくらみ - NHK nhk.jp/p/ts/X4VK5R2LR1/episode

これをどうにかしないと、教育の場面でも全肯定しないと完全挫折して教育の場から離れてく傾向のある学生が減っていかずむしろ今後どんどん増えていくんでは?><

調査上なぜか日本の若者だけそういう対人関係になってる状況、番組のなかで出演者の人が「SNSみたい」って言ってた気がするけど、形容じゃなく原因の方でSNSからの影響があるのであれば世界的にそうならないとおかしい(特にアメリカでは保守リベラル対立がすさまじくなって対話不可能になってるけど、若者に日本のような傾向は出てない)わけで、
じゃあなんで、日本だけ肯定する者同士でしか人の繋がりを持たないように若者(というか10代)が変化したのか謎・・・><

なのでたぶん、異なった意見の相手でも議論する、好みが別れる相手を単に避けないみたいな所からやらないと、学習の場面でわかんない事が出た時に単に放棄する傾向も改善されないんでは?>< って気がしてる><

雑に言うと日本の若者だけ、若者の対立意見離れみたいな状況になぜかなってるわけで、学習の場面での挫折とかも同じように、「わかんなかったら離れる」みたいになってるんでは?><

昨日書いたけど、数日前放送のNHKの科学教養番組「ヒューマニエンス」で紹介してた調査によると、なぜか日本だけ最近、考えが異なる友人に考えを伝える人が減って単に適当に話を合わせたり、意見が相違する人から去るって傾向が強く出てるらしいので、そういうのの影響もありそう><

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小中高の教育によるストレスが,一昔前と比べてどう変わっているのかわからないけど,接待プレイ的になってきているんだろうなという気はする.

だからこそ,最近の学生は「上手くいかないときのあがき方」を学んでいないようにも思う.壁にぶち当たったときに,ただただ怪我をして終わってしまう.

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仮に大学でそうならなかったとしても,社会に出た後にどこかでぶち当たる.

「すべてが上手くいく箱庭」に居させるのも考えものだと私は思う.

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