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サッポロビール(?)の「うまから」のCM(ロシア人?が、青い山脈の前奏の替え歌を歌いながら蟹をハンマーで叩くCM)と、コンパックの「パソコンが使えない人は絶滅すると思います」(細かくは覚えてないけどそういう台詞)のCM見たいけど、情報が皆無><;

orange さんがブースト

【浄瑠璃・ヒトガタ】未出・迷宮入りCM捜索@wiki【ビーボ・サンスキップ】 - トップページ w.atwiki.jp/commercial/pages/1

面白そうなwikiだ

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スペクトログラム見るの好きすぎるから、自分用に独特な(オートゲインタイプの)スペクトログラム表示するアプリ自作してる><
mstdn.nere9.help/@orange_in_sp

大好きな曲はスペクトログラム見るのって当たり前でしょ?><(?><;)

orange さんがブースト

とあるアイドルの楽曲に画像が仕込まれていた話 togetter.com/li/1903938

仕込む方もすごいが見つけた奴もなんでこれを発見できたのか

実装してテストしてみるまで正しいかわかんないけど、でも、頭のなかで考えただけではこんがらがってたのが、線引いて測ってみてたら考えが整理されてひとつの案には結び付いたわけで、方眼紙と定規と分度器と電卓は偉大><;

やっとひとつ三角関数を計算するアルゴリズム思いついた><;

オレンジ自信がそういう風にめげたので、オレンジがなにかを教える時はそういう風に「教え方が悪かった><;」とか「今まであなたに教えてきた人の説明が悪いから理解できてないのかも><」って態度とるし、オレンジが仮に大学で教えるならばに例えれば(?)、その人に教えてきた高校までの先生をdisりながら、教え方のマズさまで含めて説明する事になるかも><
機械の使い方を説明する時にデザインの誤りも説明するのと同じように><

オレンジは、そういうめげる場面のめげかたが「勉強なんてどうせ」でまるごと避けるんじゃなく、「学校の勉強なんて><」で「独学の方が楽しいし!><」に向かったのでこうなった(?><;)し、最近の三角関数云々の話題から、定規と方眼紙と分度器を使って三角関数関連のアルゴリズムを再発明しようとしてる><
(1mmの方眼紙を使うの小学生以来かも><;)

「おにぎり1個におにぎり1個足したら、大きいおにぎり1個じゃん!? なんで2なの!?」って疑問を持った小学一年生にどれだけより沿えるか?><
「いちいち教える余裕無いし、どうせ小学1年生に教えてもわかんないだろうし」で「そういうルールなの!」で済ませられまくってたら、大学生になる頃には「勉強なんてただやり過ごせばいいもの」って考える人に立派に育っちゃうのも当たり前かも><

最近(ここ数十年)その問題にあわせた教育改革が行われてるけど、実態の面で言えばむしろ義務教育の段階では不当にめげさせて「どうせわかんないし、やり過ごせばいいや」って発想を強化するように教えてるようにオレンジは思うかも><
前に微分と積分云々の話の時に出したのもつまりそれかも><

orange さんがブースト

小学生とかのかなり早い段階でそういう教育をしないとダメなんだと思う.

大学まで来てしまっていると,勉強や指導を回避したり耐えるノウハウが身につきすぎてて作り替えようがない,ってことが多い.

オレンジがメカ音痴の人にメカの使い方を説明する時に、表面の理解だけで済まそうとする態度には「それじゃダメかも><」って指摘する一方で、デザインが悪いからこそ使えない部分はしっかりと「ここがこうなのが実際UXデザインの研究上もこういう理由で正しくないし、混乱したり操作を誤るのは当然で、そこについてあなたは悪くないし、作ったやつが馬鹿><」って説明するのも、不当な『学習された無力感』から解放するため><
中途半端に機械に強い人は、デザインの誤りに気づけずユーザーのせいにしがちだけど、そういう事してたら「どうせわかんない」って反応しかしないユーザーが育つのも当たり前><
学校教育でも同じ面があるかも><

これ、特に障碍やそれに近い性質で特にそうなっちゃった人にもそうだけど、どっちかというとリベラルアーツ系の教育の先生が言ってたような気がしなくもない(?)「大学で学ぶのは自発的な学習であって高校までとは違うんだよ」的なのもあるかも?><(?><;)

何が言いたいかというと、そういう全般的に大学に入って「もう受け身で学ぶのはダメなんだよ」ってことを教育する場面(?)を改良したら、高校までの勉強でめげちゃった人にも「それはそこまでの教え方が悪かったので」的に、『学習された無力感』の一種を解消するような方向にもできそう?><

orange さんがブースト

なんというか小中高って活動のなかで、勉強・課題は頭を縮こめて過ぎ去るのを待つもの、って学習をしてしまっているひとには、どう指導しても無駄なのかなと、ここ数年は思います。

ゼミとか研究室って距離感でどんなに指導しても、何も変えることができなかった。

オレンジがなんとかちょっとマシになったの「パイロットや宇宙飛行士や土木建設の現場ではこういう風に安全を確保してる!><」ってオタク的知識によって補っている面もたぶんあって、安全対策とかUXデザインとかの分野に趣味として興味を持てていなかったらもっと悲惨なままだったかも><;

オレンジもケアレスミスでテストの点数ボロボロになったり(なぜか数問まるごと存在に気づかず無回答とか><;)、テストの名前のところに名字だけだったり、名前の最後の1文字がなぜか無いとか、自分でもなんでそんなことが起きたのかわけがわからない事が多発してたので、アレかも><;

ていうか発端のツイートの先生の主張的には(直接そうとは書いてないけどおそらく)ADHD等による特徴ゆえにそういう基本的な部分のミスにより評価が下がっちゃってるっぽいけど、評価の面でも他の面でももうちょっとどうにか救済みたいなの出来ないのかな? 的な文脈っぽさ?><

orange さんがブースト

失敗しても行動を改めない学生って、(そんなかわいいものじゃないけど)猫と一緒なんですよ。

しかる人がいても、それはその状況にその人がいたから(その人に知れたから)叱られたと考える。

単独の状況下ですっ転ばない限り学ばないし、すっ転んでも「たまたま(運悪く)うまくいかなかった」って認識する人もいるから始末に負えない。

orange さんがブースト

これは偏差値というか成績とは相関ありそうですね。たしかに成績よくない学生ほど細かいルールに無頓着というか(因果関係が逆かもしれませんが)。

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