まず一つ目の論点として、「円周率を求めるひとつの方法を再発明できたとして、そこに基礎としてどれだけの価値があるか?」という話がある。
その方法が円周率の値を求めること以外に応用できないのであれば、可能な知的行動の範囲は円周率の値を最初から知っている場合と大差なくないですか?
それを暗記と言うのであれば、その informal な納得の領域というのは言語をはじめあらゆる領域の根底なのであって (人間の知能の bootstrap はそのように行われるので)、そもそも人が「理解」していることがひとつでもあるんですか? と問いたい。
誰も達成しえない空想上の目標を全員に達成させる手段を問うほど虚無なこともないので。