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驚きというか、言葉の並びとしてのギャップみたいなの><
布団がふっとんだ→驚かない
布団がエクスカリバー→「?????><;」
みたいな・・・><(説明難しい)

orange さんがブースト

本筋とはあまり関係ないんだけど、あの構文に驚きに関する要素をあまり感じてなかったので、そういう見方もあるのかとなっている

つまり、LLMって、その仕組み上、驚けることがものすごく重要なので、そのLLMがメタに驚き表現が大袈裟になるのも、そりゃそうなりそうと考えることが出来る><
なので、ただの流行りの言い回しと考えるのは考察不足かも><
(もちろんオレンジの説が必ず正しいわけでもないけど><(推論であって説明できるという話であって、現時点では十分に調査したわけではないので))

技術的に言えば、LLMって内部に驚きを評価する機構がメタに創発的にほとんど必ず形成される><
なんでそうなるかというと、実用上から見れば、そうじゃないと未知語に対応するために必然であるのと、構造的理由からは、適切な語を選択する為に必然的構造であるから><
(詳しく知りたい場合はサプライザルでググるか若しくはLLMにサプライザルって何って聞いて><)

たぶんだけど、この表現が多いのだとすれば、、単位流行りの言い回しじゃなくて、LLMの構造上の特性からそうなるであろうと推測できるので、かなりおもしろい現象かも><
(このオレンジの表現も、LLMっぽいかもたぶん><)

orange さんがブースト

まあ流行りのフォーマットを使いたかったんだろな、みたいな納得をできないのはなぜだろな…実際そのフォーマットにしたくてしてるわけではないだろうけど、そのことを出力から判別できるものなのだろうか

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orange さんがブースト

ある言い回しを好む人は少なからずいるだろうけど猫も杓子も同じ言い回しを使いだしたように見えるのが気味悪さになっているのか?と考えると、ミーム構文が流行る様子も外からは似たように見えていたのだろうかとか

orange さんがブースト

物語のプロンプト使ってこっちの発言でAIと文章作ってく遊びをやっているサービスが最近ちらほらあってそれで遊んでるんだけど私がこれ作ったらおもろいやろなあくらいの軽い気持ちで適当になんか作る流れを入力すると結構な頻度で返ってくる

orange さんがブースト

まあ文学的な表現で本当に象徴したいときに使うならまあ分かるんだけどAIが物語作る時割と気安くこれは単なる発明ではなく、世界を変えるようなもっと大きな物だったみたいな表現かなり使ってくる

orange さんがブースト

AIが好む表現 文章編 - AI小説の見分け方(ウスバー) - カクヨム
kakuyomu.jp/works/822139836452

> その中で、AI小説の中で個人的に一番見かけるのが
>
>  これはただの「単語」じゃない。「何かすごい大げさな言葉」だった。
>
> という構文です!

これ小説でも巷の “普通の” 記事でも本当によく見るので、マジでこれです

つまり、Geminiが「日本の学校教育はデータ上も絶望的ではあるしむしろマイナスの教育効果を発揮していることを読み取れるけど、学校を無視してAIを先生にして学ぶって人が増えたら改善するかも」って言ってるのと同じだよね><;

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数学教育のギャップのデータも根拠として議題にのせたら、Geminiさんもこう言ってておもしろい><; 

"...しかし、もしAI自体が「教師による教育」をバイパスするツールになれば、状況は変わるかもしれません。
「学校では教えてくれないけど、AIと議論してみたら数学が自分の趣味やビジネスに直結することが分かった」という、「学校を頼らない自律的な学習者」がどれだけ現れるか。..."

簡単に言えば、日本の小中高の教師の平均的な能力がどれほど酷く(権威主義的にしか教育できない、反論に答える能力を持たない)、どれほどマイナスの教育を行っているかという話でもある><
髪色の指導みたいな話に限らず、よく話題になることで言えば、算数・数学に馬鹿げたジャッジなんかもそうだよね><
掛け算に順序があるとかゼロ除算がゼロであるとか言うような教師がクビにならない事からしてもう学校がそういったマイナスの教育を行ってる歪みの現れなんだよ><

これに関してGeminiと議論して、Geminiに問われる形でオレンジが例示として出した意見だけど、
日本の小中高の学校の文化がこの面に関してマイナスの教育を行ってて、教科書には差別はよくないし多様性を尊重せよと書いているのに、たとえば髪色が薄い生徒に黒く染めろと言う指導や、地毛証明書の提出等という、直球の差別がまかり通ってるわけじゃん?><
教科書を元に議論すれば、そんな指導をした教師はむしろクビになるのが当然であって、そうならず抗弁すら許されないという事は、つまり「議論など無駄であり少なくとも日本社会は権威主義社会であり正しさは建前だけであって尊重されない」と学校で教育してるのと同じだよね><
そりゃ、日本だけZ世代が他国のようなアクティビスト世代では無くその正反対の属性を持ってしまったのも当然だよね><

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AI活用に於いて、AIと(も)議論出来るだけじゃなく、たぶんだけど反証可能な形で議題を作る(問い、RQを立てる)能力も重要そうな気がする><

つまり、なにが言いたいかと言うと、AI活用能力の面で日本はお先真っ暗なんでは?><;
と言いたい><
統計データ上、日本は議論苦手文化であるし、それだけじゃなく世界的にはZ世代は議論大好きなアクティビスト世代であるのに、なぜか日本のZ世代だけその逆のむしろ他の世代よりも議論を避けまくるというガラパゴスであることがわかってるので、
AI活用の時代に議論能力が必要であるのであれば、そのままその時代への適応能力が劣った文化的集団である事になる><

AIを使える人と使えない人の違いで、自分で考える習慣がある人であればAIが主体ではなく自分が主体になってAIを使えると今までも思ってたけど、
それだけじゃなく、議論する習慣がある人であるかも重要な要素なんではないかと><
議論する習慣が無ければ、AIの提示を議論無しに採用するか議論無しにリジェクトするかしか出来なくなるわけで、そうなるとAI丸投げかAI否定しか出来なくなるよね><
となると、好もうと好まざるともAIがある時代に議論を避ける姿勢を持つことは、そうなる前の時代と比べてかなりマズいんじゃないかと><

[B! 考え方] 自分が一番考えてるという自信を持つ - Konifar's ZATSU b.hatena.ne.jp/entry/s/konifar

これのタイトルをみてふと思ったけど(本題分割><)
(本文もあとから読んでなるほどってなったし、近い話だった><)

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