いやそれはダウト
[ctx: <https://mathtod.online/@mathmathniconico/105378128776685612>]
基本的にゲームをやりたくてゲームをやってるひとはほぼいないと思ってる。ゲームに限らずスポーツも読書も数学も、それをしたいと思ってやってる人はほぼいない。
人が何かをする動機は他者とのコミュニケーションにあり、何かをしたいという欲求はそれをすることでコミュニケーションを得たという過去の成功体験に基づいている。
だからマイクラを正統に遊んでる人は、何か見つけたらジャンプしたり手をクルクル回したりして同じルールの下で工夫してコミュニケーションを成立させることを目的にプレイしている。
あるいは感想を言い合ったり、ブログに書いたり、こうやってSNSに書いたり、誰かの目に触れるというコミュニケーションを成功させるためだったり。
だからチートで飽きるのは当然だ。自己完結してコミュニケーションに繋がらないから。
orange 氏は「現実における (知識や経験面での) 価値をゲーム内で擬似的に得ることができ、かつ自身がゲーム内の擬似的な目的や報酬に実効性を与えられる (≒自分にとっての実際の喜びとすることができる) ため、ゲームは楽しい」と主張しており、
一方 cmplstofB 氏は「現実における (知識や経験面での) 価値をゲーム内に転写すると劣化しているため現実で可能ならそちらの方がよく、かつ自身がゲーム内の擬似的な目的や報酬に実効性を与えられない (≒ゲーム内のことはゲーム内のことであって現実のことと同様の重要性や地位に置くことはしない) ため、ゲームは楽しくない」と主張している