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orange さんがブースト

前提条件や手順をガチガチに固めて失敗させないデザインと、失敗しても取り返せるデザインと

失敗してもいいように作る、物理的な場面でも同じで、例えば何らかの紙を提出する先が、トレーであれば後戻りできる>< ポスト📮であれば後戻りできない><
もちろん盗難防止やイタズラ防止のためにポストにするのも正しい>< でも、後戻りできないし失敗できないというストレスをより強くユーザーに与えてしまう><
その結果、例えば近くの係員に「これでいいんですよね?」って聞く人が増えたり、投函せずに係員に提出しようという人が増えたりする事もある><

プログラミングの場面でも同じで、トレーでいい場面でポスト📮にして無いか?って、頭の片隅に入れておくといい感じなのかも><

UXデザインもそうで、基本的にすべてアンドゥ出来なければならないし、どうしてもどうしてもアンドゥ出来るように作る事が不可能な場面は、特に後戻りできないことを強く気づかせなければならないし、その場面でもボケっと操作した場合にも安全側の動作になるように作らなければならない><
そういうの普段から頭の片隅に入れておかないと駄目かも><
現在主流のITの文化であるUNIX文化はそうなってない><
(参考文献: 『誰のためのデザイン?』その他のD.A.ノーマンが書いたいくつかの文献)

orange さんがブースト

もちろん不可逆な変更を伴う動作を行う類のプログラムは気をつけないといけないけど.

ファイルとかデータベースとか弄ったりするやつ.

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orange さんがブースト

プログラミングは基本的に何度でも安全にしかもタダで実験できるんだし,いくらでも失敗すればいいと私は思うんだけどねぇ.

ていうかその考え全く無しに、全く失敗しない前提で書かれたソフトウェア、危なくて使えないよね><(後頭部にブーメランが刺さりながら)

orange さんがブースト
本当の失敗は開発者が気づかなかった失敗をユーザーがする事だからね。
orange さんがブースト
プログラム、失敗をなくす為のデバッグという名の失敗をしなくちゃいけないから、失敗はしなきゃ駄目感がある。
orange さんがブースト

プログラミングやってそれなりになるけど、普通に失敗は怖いよね……

他人の考え方を変えることを避ける人の方が世の中多いっぽいけど、オレンジは好んで変えようとするのは、そういう自我っぽいのが目覚める感じで物事を見る目が変わって視野が広くなるように変わるのを見るのが楽しいのもある><

オレンジ的な尊大な視点で言うと、そういう見方をして無い人って自我が目覚めてない人に見えるかも><

本も仕様も『最初に読むときから全部わからなくてもいい』って割りきっていいって考え方に思い至らないとめげちゃうのもありそう><

orange さんがブースト

文章を読んで理解するのも、結局経験値よな。本を読んで「完全に理解した」と思って読み進めたら「何も分からない」になるのも、序盤の文章を読んでどこで区切れば後半の流れになるのかを復習する、みたいな。その上で、説明不足だから誤解するのも当然って逆ギレしても、自分が書くときには気をつけようって思えるかどうかとか。

マインクラフトで地下に降りる階段を作る時に、階段をぎっちり並べちゃう人のなんて多いこと><
たまに平坦部分(踊り場?)を作れば、何かあったときに分岐作れるよ><
水没防止トラップを作るのも楽だよ><

すごく前にも書いたけど、失敗する前提で余裕をもって物事を組み立てることが出来る人ってかなり少ないっぽいかも><
失敗する前提で物事組み立てないので、常に『失敗するととんでもないことに』なってしまうので、失敗出来ない世界に住んでいて、『失敗出来るように作る』ことに思い至らない悪循環><

orange さんがブースト

こういうの、「失敗を恐れない」とかそれ以前の問題で、「失敗してもマズくない状況や考えても実行されない概念などの存在を認識できない」という思考フレームワークの欠陥なんじゃないかと思っていて、そういう人々に「コンパイルエラーは怖くないよ」とか「人を疑うことは大事だよ」と説明しても通じるものではないだろうと

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orange さんがブースト

そういう人たち、邪悪な「仮定」で物事を考えられないのよね。思想と行動が区別できなくて、仮定と事実も分けて考えられないから。
twitter とかで「もし〇〇なら✕✕」に対して「〇〇なんですか!ひどいですね!」みたいな日本語読めてなさそうな吹き上がり方してる人はたぶんそのタイプ

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orange さんがブースト

コンパイルエラーを出すのが忌避すべきだと考えるのも同じようなやつか

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オレンジが問い詰める形で物事教えたり、コーナーケース(? エッジケース?)をつつく形で議論進めたりするのも、プログラミング(等の設計)での仕様にあわせる作業に近い感じかもって思ってる><
それが出来ればたぶん出来るんじゃん感><

ていうか、プログラミングの世界に慣れてない人々、失敗を恐れまくるの、「文化の違い!><;」って感じ><

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