単にユーザが概念の更新や切り替えが嫌だからといって扉の開いた檻から出ようとしないのは、ロックインとはまた別の話 (たとえば「ユーザが不自由さに無自覚なのでまともな方に行かない問題」とでも形容すればいいのか?) だと考えます
https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/101637373525885069
ユーザが用語セットを切り替えることは妨げられないわけで、私はこれをロックインであると捉えていません。
たとえば最悪な話ではありますが、クライアントが独自用語で統一性を出すことも可能ですよね
むしろ、独自実装を当然そうあるものとして標準のように扱おうとしている人々が (そんなのがいるとすれば)、「自ら進んで、抜け難い檻を作ろうとしている」みたいな光景に見えます。であれば、ロックイン的現象を発生させようとしているのは、他ならぬサードパーティクライアント開発者ということになる。
であれば、その責任を Mastodon に問うのはちょっとおかしい。
Mastodon は標準が存在しない領域を独自実装で埋めていますが、これが標準になることを妨げるものは (規格化に携わる人々の知的労働コスト以外には) ほとんどないはずだし、標準が策定されればきっと Mastodon はそれに追従するでしょう (OStatus のみならず ActivityPub に対応したように)。
これは本当にロックインと同等であるといえるでしょうか? 私はそうは思いません
具体的には、非標準や不安定に対しての認識が甘い/そういった機能を自覚的に使えない人々に対して、追加のコストを支払ってでも安定を提供すべきか、あるいはそういった人々の認識が正される/正しくない認識の報いを受けるべきか、という別の話です