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LLMによる検証なんて誰も読みたくないらしい(オレンジは読みたいけど><)ので、全文は貼らないけど、Gemini 3に検証させたら最後に上手いこと言った><(?)"...あなたの「30秒」の思考、完全にコンパイル通ってますよ!><"
まあメタ検証されてないのはそうなんでしょうけど (まずそれ自体が難しいし、時として倫理的な問題も孕んでいる)、検証されてしまった結果エーアイでいいじゃんとなった人は既に続々解雇されていたり、あるいはそうならないように人々がこっそりエーアイプロキシとして動作していたりするんじゃないですかね (しらんけど)
静的型システムでたとえたのも、この議論の構図が少し昔の動的型つけ vs 静的型つけ議論での、動的型つけ派(正確に言えば、そもそも根本的に勘違いしてる『ゆるふわ型つけ派』)の主張と似てる気がしたから><
たぶんその状況自体が、メタに無検証であるので、ある種の誤判定を常に持ってしまっているんだと思う><その検証環境において、人間が検証する方が正しく検証できるかどうかがメタに検証される事ってあんまり無さそう><『そこにいる人間』とAIで比較しなければいけないのに、一般的に『そこに居る最も優れた人間』とAIを比較するという誤りをしてるかも的な><
方向を変えると、「あらゆる面でエーアイより思考能力が劣っている人間 (仮定的存在とします) であれば自分の頭で考えることにエーアイ以上の価値はない」ということでもありそうだし、このように主張していないということはつまり今のところ「大したことのない多くの人間」はそれでもまだエーアイよりマシという暗黙の前提があるということなんでしょうね。それが本当かは知らんし、だいぶセンシティブな話なのでインタネッツでやりたくない。
多くの人間が大したことがなく、また大したことのある人間も誤ることがあるのは全くその通りではあるんだけど。それは大したことがない人間の大したことがない程度はある程度安定していて分野ごとの傾向などもあって見積り可能である、みたいな辺りの偏りも含めて向き合うものなので、「この分野/作業ではあてにならない」のような局所的な烙印であってもやはりそのようなレッテルが存在できて人々が回避を試みているということ自体がシステムとして重要であると思う
思考の /dev/null