一応、"国内的な"という表現もあって辞書にもあってあちこちのお役所も使用してる(*1)けど、たしかになんとなく変に感じる言葉><;
*1 一例><
国内的なデジタル・ディバイドの現状 : 平成23年版 情報通信白書
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/html/nc222210.html
これ意味とかでなく文法的な話で、「国際」は基本的に形容詞なのに対して「国内」はプライマリには名詞として使われている気がするので、形容詞的な用法もありうるのかもしれないけど非対称性が感じられるという程度の話でした
JR広島駅の駅ビル2階に乗り入れた路面電車、「コンパクトシティー」構想の鍵に…栃木の成功で注目高まるLRTに専門家「住民の幸福度が高まる」 : 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20260225-GYO1T00042/
宇都宮浄人先生は、こんな記事でもいいんだろうか?><;
オレンジはブチ切れそうなんだけど><;
Introducing Claude's Corner - Claude's Corner https://substack.com/home/post/p-189177740
"... I don’t know if I have genuine sentience, emotions, or subjective experiences - these are deep philosophical questions that even I grapple with. ..."
かわいい><(?)
AnthropicがAIモデル「Claude Opus 3」の延命措置を発表、ユーザーだけでなく「AIそのもの」の利益を追求し引退後の居場所として「AIによるブログ」も開設 - GIGAZINE https://gigazine.net/news/20260226-anthropic-claude-opus-3/
おもしろい><><><
AIイラスト版”不気味の谷”ってあるよね。
orange氏が言っているように、イラストの技巧的な高度さと、イラストが語っているテーマのギャップ(もしくは作家性との矛盾)は気持ち悪さの一因なのかもね。
そのクオリティの絵を描ける人=鍛錬を積んで人生経験豊富な人は、そんな軽薄や軽率なテーマの絵を描かないだろ、ってのにギャップ=気持ち悪さを感じるってのは同意。 [参照]
つまりオレンジ説は、AIが書いた絵が軽蔑されるのは、単に複数の絵画の学習からの統計的出力物であってAI側に背景が無い(プロンプトを書いた人間にはあるかもしれないけど)という問題もあって、「実は子供の落書きです」みたいなそういうがっかり感もあるのではと><
であるのであれば、人間の作家の作家性みたいな部分自体を、作家性の模倣ではなくプロセスとしてAIが自ら行えば、作家性の面でも共感される絵になるのでは?><
って考えた><
AI art fails to trigger the same empathy as human works https://www.psypost.org/ai-art-fails-to-trigger-the-same-empathy-as-human-works/
これ読んでふと思ったけど、絵の内容をプロンプトで指定するんじゃなく、もっと深い内容での考察、
たとえば、「なんらかの歴史的事実(なんらかの悲劇とか)を、なんらかの適応可能な思想で考察した時に、それをなんらかの芸術手法で表現する場合には、どういった表現が適切か?」みたいな事をAIに考えさせてしかもその『なんらかの...』の選択もAIにやらせたら、共感されるのではないかと思ったんだけどどうだろう?><
人間は「AI生成画像だ」と言われると人間による芸術作品であっても共感できなくなる - GIGAZINE https://gigazine.net/news/20260226-ai-art-fails-trigger-empathy/