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むしろ「検証できる環境」の担保はネットワーク中立性の担保によって行うのが妥当であり、その上に容易に検閲可能なプラットフォームを乗せても問題を複雑にしているだけで状況はあまり良くなっていないという見方です
権威が介入せず可能なことにはできるだけ介入させない方が良い (させると力や能力の非対称性で問題が複雑になり人々の世界認識が追いつかなくなりうる) という考えはある
試す価値があるかといえばある、しかし人々に enforce されるべきかといえば (少なくとも現時点では) むしろ反動が怖い、実験するならもう少し狭い範囲からやった方がいいんでねえの、くらいな感想はある (まあ 𝕏 をもって †狭い範囲† での運用が理想通りいきそうだと考えたのかもしれないが……)
コストの評価が軽すぎなのはたぶんそうだけど、オレンジが考えてるモデルは、誤りを多く含んでる状態から検証の繰り返しによって矛盾を浮き彫りにして誤りを減らしていくモデルなので、オレンジが信頼してるのは検証出来る環境であって、権威そのものとはだいぶ違うかも><
氏の理想とする世界の姿はなんとなく見える気がするけど、個人的な感想としては「権威や権力を信用・信頼しすぎ」かつ「民衆の権威に抵抗する能力を過大評価しすぎ (あるいはコストと代償の評価が軽すぎ)」かな。まあそこはそれこそ世界をどう見ているかの話なので合意に至るような話でもないんだけど。
「根拠の検証が可能 (だがまだ検証されていない、または嘘の検証報告が寄せられている)」が溢れて、却って「形は本当らしいが結局どうなのかわからん情報」が溢れるだけになりそう。セキュリティ文脈でいう「偽りの安心感」を与えているだけに。
オレンジの考えをあえて完全に誤解されるように、あえて実際と違う表現で言うならば「根拠が明かされていない発言が排除されるようにしたい><」かも><(正確には、『根拠が明かされていて根拠の検証が可能な投稿』とそうではない投稿は別ものとして扱えるようにすべきみたいな感じ><)
つまり根拠が明かされれば草の根フラットでもいいってことじゃないですか
また行き違いになっちゃった!><;
判定者の主張の「ファクトチェック」を同じファクトチェック基盤上でするんですか? 出てくる結果やプロセスそのものに疑義を問うているのに、その上で?
その判定者をどう信頼するんだ、大して信頼しないならそのへんの有象無象と大差ない、という話を最初からしてるじゃないですか
理想はわかるけど、結局「根拠がある」「誤りでない」は誰が判定してるの、判定しないで成り立たせられる概念なの、という話なんじゃないですか
wikipedia のフォーマットで “参考文献” への参照とともに作られた嘘記事はたくさんあるし、その訂正が拒絶されることもあるし、そしてそれは「ファクトチェック」についても同様で、ファクトチェックの形式とともに嘘をそれらしく主張することはできる。この点で「フラットだと証拠がなくて集約型ファクトチェックだと証拠がある」みたいな主張は根本的に正しくないようにみえる
ちょっと違う(だいぶ違う)けど、wikipediaがあくまで引用に基づいて記述される原則になってる(実際にはソース無しラベル多いけど)のみたいな感じに、根拠が明かされてるのかが重要で、根拠が明かされなければ根拠を検証できないじゃん?><検証できるか否かこそが重要かも><
そもそも「証拠の情報を含むファクトチェック」なんてなくて「証拠の情報であると主張する何かを含むファクトチェック」しかなくない?ファクトチェックとラベルが付いているだけでその信憑性が相対的に高いかのような扱いをするのは普通に妥当でないと思う
フラットで機能しない場面があるのは良いとして、同程度には権威的ファクトチェックも機能しないリスクがある (そしてその場合の有害性が懸念されている) んでねえの、という話です
より詳しい情報を集めて、より誤りを減らしたいのか?><それとも単なる人気のコメントの主張を優先的に扱いたいのかで話が違ってくるし、オレンジがファクトチェック云々言ってるのは、人気者の無根拠な誤った発言が、根拠のある情報によってより実際の証拠がある情報群に変わって行かなければ、(トートロジーだけど)誤りに基づいて誤りに向かって突っ走ってそれを止める方法がなくなるから><
つまり「フラットな人気投票 (無視することはできる)」と「(政治的あるいは思想的な偏りや倫理の欠乏が指摘されている) 権威による情報集約代行 (押し付けられるが無視することはできる)」のどちらがマシかという話になるわけですが、そりゃ意見纏まらなくて当然じゃないですか?どちらかが一方的に有力というものではないでしょう、明らかに
行き違いになったけど、つまり単なるSNSの投稿では、証拠の情報を含むファクトチェックと、なんの根拠もない情報がフラットに扱われた上で、さらに人気投票によって流通度(?)が決まってしまうので、フラットな環境での草の根では(実際には人気投票によってフラットではないので)うまく機能しない><
プラットフォーム公式ファクトチェックのバイアスに対して「草の根で対抗」すればいいという話になるなら、最初から全部草の根のほうが中立性の担保として安全側じゃないですか? 「公式」チェックという、それそのものがチェック対象な (しかも公式は自身を無条件にファクト扱いするであろう) デカい声がひとつ増えただけになってしまうし。
思考の /dev/null