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orange さんがブースト

それは徹底してそういう人に全責任を押し付けるべき

wikiとかの論文の引用なんかでも 山田2023 とかだけでタイトル書かずにリンクだけでクリックしないとなんの論文かわからないの多々ある><

理想で言えばそれはそうだけど、SNSとか、あとブログ記事の参考文献の欄とかでリンクだけはる人がわりといるので、そういうのの時にURLにタイトルあると便利かもって><

orange さんがブースト

それは URL ではなくその外側の仕事だし (つまりタイトル+URL で投げられるべき)、なんなら記事のバージョン管理あたりのトピックかもしれない (それこそ wiki の履歴ビューアとか WebArchive とか)

ほぼ同意だけどURLだけだとなんもわからんのも不便なので、ID+タイトルの要約英文になっててタイトルの(略)に部分は鯖側で無視するみたいな形式のが流行ってほしい><
例えばパラメータの方にタイトル入れるとか><
そうすればどういうタイトルの時に広まったURLであるかも判別出来るかも><(例えばSNSでシェアした人が認識してた時のタイトルといまは趣旨が違うとか><)

orange さんがブースト

ワイのブヨグの id は自前で指定しているのでタイトルの変更を生き延びられる (完全に outdated になる可能性もあるが、そこまで大きく変化したらそもそも別コンテントとも言えるし別の id を振り直すのもあり)

orange さんがブースト
orange さんがブースト

wiki システムとか markdown プロセッサにありがちな、セクション名をナイーブに id や slug にする実装、現実見えてないし全部廃れろと結構強めに思ってる

orange さんがブースト

ドキュメント書くサービス、書いてくに当たってタイトルが変わることは普通にあるからそれならnotionみたいにURLはランダムなIDのほうがいい気がするな

ゲバラの看板のお店はどれかわかんないや・・・><

ハイボールの看板はこのお店のなのかな?><

MasBon 炭火串焼きと創作和食 maps.app.goo.gl/SZ24E1FKWqpVw8

「永遠にそばにいると思っていた娘へ」 韓国・イテウォンでくなった娘の人生を辿る父の思い | NHK www3.nhk.or.jp/news/special/in

群集事故対策に興味があって(オレンジ的にはハロウィンで盛り上がれるような構造の都市を作りたい><)、記事読んでったら、遺族が現地を訪れた写真のハイボールとゲバラに興味を奪われた><(?)

あと、白人から見た日系人の苦難の歴史への感覚も、ドキュメンタリーとかたくさん見てるとかなり興味深いかも><
むしろ「そんなに申し訳なく思ってたのか・・・><」ってびっくり><
よく配信見てるイリノイのおじいさんトラックドライバーyoutuberの人がマンザナーを散策配信してた時も、見ててちょっと不思議な感覚になった><
(前日か前々日にオレゴンのレストエリアでその地のネイティブの歴史を解説する看板にも見いってたし、なんかそういう・・・あれかも><(語彙力))

日系アメリカ人やアメリカ在住日本人が受けてきた苦難、世代ごとにかなり違うし、感覚もまるっきり違うらしいけど、外からは知識としてそれを学べても、実際の感覚は実際に(アメリカで)その時代を生きた人にしかわからないだろうから難しい・・・><

中国人の名前を日本の漢字読みするのは相互主義からなのでちょっとまた別かも><
(中国は日本人の名前を中国語読みするので日本側も日本語読み、韓国は日本人の名前を日本語読みするので日本で韓国人の名前を韓国語読みってなってる><)

それはそれとして、アジア系の一部の名前が英語圏の人には発音しづらくて英語名つけるの、そのくらい発音できるだろって場合はあれだけど、発音しづらければ仕方がないというか合理的だと思うし、日本人も台湾の人みたいに英語名持つのいいのかもって前から思ってた><

orange さんがブースト

外国人の名前、正しく発音できる自信ないし、それどころか正しく聞き取れる自信がそもそもない

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orange さんがブースト

言うて我々も習近平をシーチンピンと呼ばずシューキンペイと呼んでたりしたわけで、差別と呼ぶのは簡単かもしれないが肉体に染み付いた動作特性を無かったことにするのも極端だとは思うんだよな。もちろん何事も程度の問題ではあるだろうが……

orange さんがブースト

リプとして書いたものですが、シェアしたいので投稿しておきます:

私はそれこそコミュニティカレッジで強烈な人種の壁の洗礼を受けました。学生センターで働いてたのでダウンタウンの移民の吹き溜まりのキャンパスと白人が多く通う住宅地のキャンパスを行ったり来たりしましたが、講義の合間にバイトしてたダウンタウンのキャンパスではサユリは言いづらいからとボスからサラと呼ばれ、住宅地のキャンパスでは排日運動のプロテストを目の当たりにして絶対自分が日本人ってバレませんようにと祈り(その後バレて車放火されましたが)、簡単に私達は言いづらいから違う名前で呼ばれたり怒りをぶつけられる対象になるのだと実感しました。
それと同じだけ、嫌だと言えば話を聞いてくれ気持ちに寄り添ってくれたり一緒に怒ってくれる人も居たり、とても不思議な国だと最初の数年は思ってましたし今も思います。
白人の人達にはこういう感覚は分からないのではないかなと思います。差別される側になった事が無いから、自分の意識や感覚の中に存在しないものを正確に想像することは難しいと思います。なので知識に加えて我が身に置きかえることの出来る想像力がとても大切になってくるのですが。共有出来ても共感出来ないこの差の部分がとても大き過ぎると何度も痛感したことはあります。
だから個人レベルではひたすら対話を通して共有を続けています。

個人でこれだけ行き詰まりますから国家間での共有となると気が遠くなります。歩み寄るよりも拒絶する方が簡単だし、そうすることによって利益が生まれたり民をmanipulate出来たら尚更です。

(注: 学生だったのは日米貿易摩擦の頃です)

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