ただ介護とは違って「鍛えれば歩けるようになる」場合は多いわけで、躓いたとき支えるくらいはしてもいいし、歩き方の参考資料も提示するが、まずはそもそも自分で歩けるようになってくれ (介護されることを前提にしないでくれ)、というのが率直な感想。
というか、そうでもしないとスケールしない
そもそも「何事にも好奇心や関心を持てる」みたいなのもある種の才能というか素質なわけで、そういうのを持っていない人を相手にすることの大変さを何でも教育システムに押し付けるのが本当に望ましいことなのかということについては疑わしく思っています。
もちろん義務教育か小学校レベルくらいになると、何がなんでもやってもらわないと社会参画に不都合がでるので困るという要件は発生したりするだろうけど。
でも無い袖は振れないから「なんだか知らないけど向いてた」人が勝手に山を超えてくることを期待しつつ、フルサポートできないまでもぼんやりと応援はする、くらいの状態になってるんじゃないですか。多くの専門分野が。
「どうしても必要になる知識体系について、その ”山” を超えられない人どうすんねん」というのは深刻な問いだと思うけど、山を超えない状態で災厄化されるというのも互いに本意ではないと思うんですよ。すべての体系が「やってみて損はない、途中でやめればいい」で済むようなものではないのでは。
あと見ず知らずの人にインターネッツの通り過がりマンがそこまでのコスト割くと思います? という……
もちろん forum とか wiki とかのような知識共有の場はあるし負担になりすぎない範囲で還元したいとは思っているけど、限度ってもんがある