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orange さんがブースト

「人生に苦痛がある」と「人生に苦痛がない」の蓋然性の差異は、「輸血に苦痛がある」と「輸血に苦痛がない」の蓋然性の差異と本当に近いと思いますか?
私はそうは思いません

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輸血時の『苦痛』に限らず将来の地獄へ行く『苦痛』もだよ?><
地獄って観測不能だと思うけど><

orange さんがブースト

輸血を苦痛に感じる人がそうでない人よりも多いような社会では、実際にそうなるんじゃないですか。
私はそういう社会を知りませんが。

それが整備されるまでは輸血は禁止すべきでは?>< 反出生主義の主張に無理がないというのであれば><

orange さんがブースト

「輸血意思表示カード」みたいなのがあるべきかと問われれば、私はあるべきだと思いますよ。
ただそれを運用するのはとてもとても難しいと思うけど。

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orange さんがブースト

そうですよ
だから臓器提供意思カードみたいなのが必要なんでしょう

意思表示できないある者が輸血を受ける事も合意無く『苦痛』を与える事では?><

2000年の事件><
エホバの証人輸血拒否事件 - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A

orange さんがブースト

なんで私が「『合意なく』苦痛を与える」と言ってるかわかってもらえます?

だから範囲の設定がおかしい><
出生のみに縛られるかのようになってるけど、既に生まれている人が意思表示できない場合等であっても将来起こるイベントが『苦痛』であるかという問題は成り立つ><
非科学的な推測によってもその意思の推定を行って他の存在の将来を決定して良いという発想であれば、エホバの信者が、意思表示できない他人が輸血を行う事で地獄へいく 将来の『苦痛』を憂慮し、その者に輸血を行わさないということもまた受け入れなければ矛盾するかも><

orange さんがブースト

いやわからん、反出生主義は「何が当人にとって苦痛であるか」の定義を **必要としない** ので。
前提として使われている命題は「人生には (当人にとって) 何かしらの苦痛が **存在する**」だけです

特定のイベントが苦痛であるかとか、特定の他人にとって何が苦痛であるか予測できるかとか、そういうのは全く関係ない話です

"「『苦痛』が苦痛であるか」は、いかなる場合でも苦痛を被る当人の主観によって定められるものであって、"

これを言わせたかった><;
でわかるかも?><

orange さんがブースト

「『苦痛』が苦痛であるか」は、いかなる場合でも苦痛を被る当人の主観によって定められるものであって、輸血がどうこうとか関係ないですよ

orange さんがブースト

今回ばかりは本当に orange 氏の論理展開がわからない

だからその文脈上の『苦痛』はなに?><
「それには輸血も含む?><」って言いたい><

orange さんがブースト

だったら最初から「他人に同意なく苦痛を与えることは悪いこととは限らない」と言えばいいじゃないですか
今までの話はなんだったのか

目的を定義しない「『苦痛』が避けられるべき」かは科学の範囲では無いかも><

orange さんがブースト
orange さんがブースト

もしかして「信者が行った主観的な想像」と「多数の人間を観察した結果得られる傾向」に同程度の説得力があると思ってます?

一億歩譲って『苦痛』は必ずあるとしても、「その『苦痛』が避けられるべき」までには飛躍があるかも><

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