こういう感染症、発生国が強く言論の自由が制限されている国の場合は、そうではない国の場合より大幅に、例えばヒトからヒトへの感染とか感染力の強さとか、初動からより強く疑って対策しないとダメってことかも><
初期にヒトからヒトへ次々感染するというような情報はなくパニックになる必要はないって厚労省が言ってたけど、
オレンジ的には、21日辺りの時点で(役人からだと外交上の問題になっちゃうのであれだけど)
「そもそも今回、現地当局の情報の不適切な扱いにより感染拡大が続いた疑いが強いので、現時点ではヒトからヒトへ次々感染するという情報は出ていないが、正しく情報が公表されている事を期待できる状況ではないので、強い感染力を持っている可能性を前提に行動する必要がある」
的な感じに専門家が言わないとダメだったんでは?>< って思う><
完全に、封じ込め失敗シナリオじゃん?><
新型肺炎、感染ピークは数週間後の可能性も - WSJ https://jp.wsj.com/articles/SB10756748667192203284504586179790309072196
これ、さっきの話に直接繋がるけど、オレンジはそうなるのはとても悲しいし、なぜ悲しいかというとそれを観測するものが居なくなる、つまり全てが無かったことになるからで><
じゃあなぜ無かったことになるのか?>< 逆から考えて「ある」「あった」にしているのはなにか?>< と考えると、人類が認知しているものの事を「ある」としている、言い方を変えると「ある」という概念は人間がうみだしたものなので、
人類が滅んでしまうと全てが消え去ってしまう><
存在理由が自己に対するループ状で閉じたものになってしまうけど、人類は他の存在では不可能な観測者の役割をするために存在し続ける必要があり、人類の究極の役割は観測者なのでは?><
というのがオレンジの考え><
どちらが正しいとかではなく、人間はそういう外延的に区別できないものをも「性質」として認識する性質を持っているので、であれば「魂」という概念の定義も実は科学レイヤーでなくそのような認識レイヤーで行われるべき主観的なものなのでは、という話です