同情、シンパシー可能かという点で見れば、単に個人〜小規模組織であれば個が見えるので感情移入したりもできようが、規模が大きくなって個が希薄になった対象に対しては同情しようもないな(中の人の一部を思って「大変だろなー」くらいは思うが)
潰れそうな小さい町工場の社長が涙ながらに「社員達を食わせるため...っ」っつってなんか法なり契約なりを破った場合は同情できそうだけど、これが大企業になると同情できないな。なんだろ。規模かな
個人だと結局最後には個人の嗜好とかに帰着できてしまうのでその正当化すら雑でいいけど、企業ではその手が使えないのでいかにもそれらしい理屈を錬成することになる。
もし企業に社会貢献をルールとして (暗黙にすら) 要求しないことができれば、そのときは企業が個人のように振る舞えるようになり、「鼻につく正当化の理屈」を掲げることも減っていくかもしれない