そのうえで、たとえば誤訳が広く共有されてしまったとして、指摘をどこかに置いておくだけなら通常の翻訳コストくらいで済むけど、それを元の誤訳と同程度に広く共有するコストなんて誰が払えるんですかと。しかも初出の誤訳の方が基本的には広まりやすいのに。
本質的には「すべての外国語文献に日本語訳があればいいのに」と言ってるようなもんですよね。
直接読める人はわざわざ訳を残しても自分へのメリットが薄く、そのうえ訳を誤読する人がいたら (訳自体に問題がなく読者が全面的に悪くとも) 責を負いかねない立場に身を置くことになる。
そして直接読めない人はそもそも翻訳できない。
If you can’t explain something in simple terms, you don’t understand it https://kottke.org/17/06/if-you-cant-explain-something-in-simple-terms-you-dont-understand-it
"I really can’t do a good job, any job, of explaining magnetic force in terms of something else you’re more familiar with, because I don’t understand it in terms of anything else you’re more familiar with."
もちろん前提知識含め本質に手が届くところまで突き進むつもりのある人なら「始めは雑でもガイドラインがあれば……」となるかもしれないが、ではここで聞きますが、そのへんのランダムなネット記事を読んで「本質に手が届くまで前提知識含めちゃんと学習するぞ!」となる人の割合は如何ほどでしょうね