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orange さんがブースト

もちろん “論理的な” 思考は現行社会の基盤ではあるけど、それが十分に正当だったり厳密だったりという期待はしていないし、それを厳密にすることが人々に生きやすさを与えるかというのも自明ではないので、結局そういうファジーな部分を受け入れて現行社会の脆さを認めるしかないんじゃないかと思います

多くの場面でそうだと思うけど、オレンジがいま行ってることも矛盾の追求だと思うし・・・あれかも><(?)

orange さんがブースト

人々が自分の思考の 論理学::健全性 や 論理学::完全性 を気にすることは基本的にないし、それでもなんとなくそれらしい感じで論理というものは社会基盤に使われている。

我々が現行社会のイデオロギーとそれに強く紐付いた自然言語で思考するような概念が、それらを離れた場所で “正当性” を持つことが当然であると信じる理由はあまりないんじゃないかと思います

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それは完全にその通りだと思うけど、でも、一方で矛盾の追求という形で矛盾する意見の排除はある程度出来るというか、わりとオレンジが普段やってる事かも感><

orange さんがブースト

たとえば我々が何らかの論理を「正しい」と言うとき、それがどの公理系においての言明で、 (論理学の語彙で) 導出可能であることを言いたいのか、どのような付値に対しても真偽値が真になることを言いたいのか、そういうのって人々は気にしてないわけじゃないですか。
日常において「正しさ」といったってそんな程度のものということです

それはなんかよくわかんない・・・><

orange さんがブースト

ここでいう『意味』ってのはひとまず semantics ではなく “意義” とかに近いものだと思うことにしておきます (そう読めたので)

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orange さんがブースト

たとえば仮定を強めにしますけど、現行社会が抱える思想が単に無矛盾であることを要求しているように見えるとして、その無矛盾であることの判定やそれを良しとすること自体が現行社会の枠組みの中でしか『意味』を持たないのであって、別の秩序においては「その秩序内における『意味』」を持つような体系がありうるんじゃないですか

結局その非互換の社会を評価しようとすれば、評価基準自体を人間社会を土台にしたものにするしかなく、もしそれも否定して非互換の社会のなかに独自の『評価』のようだけど既存の人間社会の『評価』とは互換性がないものを実行しても、それは人間社会における『評価』ではないので、つまりその「『評価』の概念にも互換性がない社会」は『評価』出来ない><

例えば正しいという概念も含めて完全に非互換な社会を想定した時に、その中でのポジティブのような概念を人工的にいくらでも作ることはできるけど、正しい自体が存在しないんだから正しいかどうかは評価できなくなるし、矛盾という概念も無くした仕組みであれば矛盾しているかどうか評価できない><
評価できないわけだから、あたり前だけど評価出来ないじゃん?><
そして互換性のある『意味』もないのだから意味もないじゃん?><

orange さんがブースト

現行社会が権利という概念を持っているからといって、それが全く別の秩序において実効性を持っている必然性ってあります?

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orange さんがブースト

そもそも現行制度とまったく非互換な社会があったとして、概念が互換である必然性ってありますかね (よくわかってない)

イデオロギーというか、例えば『正当性』という概念を否定する前提の発想には『正当性』を持たせる事はできないんだよ?><
『正当性』に限らず人間社会が人工的に産み出した個々の概念を否定する発想には、その概念の属性を持たせる事は出来ないよ?><(じゃないと矛盾するので><)

orange さんがブースト

そう、まさにそこだと思うんですよ。イデオロギーが効力を持っている部分というのは。

orange さんがブースト

その点で、自己正当化に成功するような範囲の人間だけに絞って考えたとしても、現行秩序の維持や連続的な変化を良しとするような価値観から見ての “合理的” な判断は、「多様な主観から妥当と判定されるか」という観点でみたとき十分な “客観性” を獲得できていると信じるほどではないなと思っている、という話です

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社会上のあらゆる価値や意義というものが人間社会に立脚しているので、それを土台から否定すれば、価値や意義の社会的な概念自体が消えるというかそれを否定することになるので、じゃあ何を土台にその意見の正当性は担保されるのか?>< となる><

orange さんがブースト

少なくとも氏の言説は「現行社会における価値基準で正当化可能な未来へと連続的に変化していくことを正道とする/そのように世界を動かすべき」という価値観を読み取れるし (私は読み取った)、その意味では相当に “保守的” な部類の主観的な判断であると思います。

(ここでいう保守的というのにいわゆる政治的な思想の含意などはないです、念の為)

orange さんがブースト

たとえば科学的な “予測” において「壊すべきでない前提」というのは極めて少ない (とされている) わけですよね。物理法則が5秒後に急激に変化しないとか、まあそんなところですか。
その意味で科学に私はある程度の “客観性” を見出していて、一方で現行社会について何かしらの「壊すべきでない前提」を想定していて、しかもそれが暗黙であるような状況における言説は、そういったピュアな科学よりも明らかに “客観的” ではない。

究極に従来の人間社会の価値観という主観というかなんと言うか、そういうものがあるにで究極には客観なんて不可能という視点であれば、まさにオレンジの主張そのものかも><

orange さんがブースト

べつにそれが悪いと言っているわけではなく、その “合理性” の正当性はは客観性に依拠しているのではなく、現行制度を (ある程度) 良しとする価値観を暗黙に前提としていてそれが明示されていなかったしそれは万人に必然的に共有されるものでもない、その意味で “客観的” な思考ではなかった、という話です

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