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さっきの教え方で関門云々の話に繋がるけど、Portalは最後に使うことになるルールを各関門でひとつひとつ学んでなければ先に進めないようになっているので、GLaDOSを目の前にした時に倒すのに必要な知識を理解してない人は居ないはずってステージデザインになってるかも>< 「思い出して応用するという事が出来るのか?」が最後に試される><
全体を通して「新たな壁と思われるものに対峙した時に、今まで学んできたことをどう応用できるのか思い起こすとなんとかなる場面も結構あるんだよ!」という考え方を学べるゲームになってる><

例えばものすごいネタバレだけど、GLaDOS戦もコンパニオンキューブの時に学んだルールと、直前のガラスぶち破って進む場所で学ぶルールって、それぞれの時に学んだ新しいルールを最終決戦で思い出して応用させる形で使わせてる><
捨てる場所へのショートカットも、スイッチ2個押してドア2枚開けて進む場所で学ぶことになるルールだし><

Portalは「ルールを増やさず」は違うように感じるかも><
ひとつのルールの応用を各段階でひとつひとつ増やしていくことによって、過去に学んだルールやその応用で必ず解けるようにデザインされているからこそ名作だと思うかも><
応用によりルールを増やしていくデザインのゲーム><

orange さんがブースト

Portal は「ルールの数や複雑さを増やさずにあそこまでできた」ことが特にすごいんだよな。
数や種類を増やして複雑度を上げることで物量としたわけではないところが。

orange さんがブースト

ただ単にワープする、という発想だけならどこでもドアより遥か昔からありふれているし見飽きているけど、アクションパズルゲームとして運動量が保存されるワープ穴を自在に繋げてステージを抜けていく…という遊びとしてのフレッシュさよ

それはたしかに人それぞれかも><;
オレンジの場合は映画やドラマでも「この物語は結局どういう問題提起がしたいんだろう?><」って考えるし、そういうのが何も無しだと「このお話 薄っぺらすぎる><;」ってなる><

orange さんがブースト

べつに現実において有用であることの価値は否定しないけど、それはゲームの価値を語るうえで必ずしも必要ではないし支配的でもない、みたいなことが言いたい

orange さんがブースト

人生においてまったく無用であるからこそ、「有用さ」という不純物に気をとられず作品を楽しめる

orange さんがブースト

「ゲームは教育に良くない」に対して相手の土俵に乗って「ゲームは教育に良い」と言ってしまうこと自体が既に「教育至上主義」に取り込まれているじゃんという感じがあって、私としてそこで答えるべき言葉は「教育に良いかどうかだけが価値ではない」なんだよな

つまり単に娯楽で息抜きだとゲームだけで完結しちゃう><
例えばFPSでも現実の紛争をモデルにしてそれをユーザーに体験させるゲームであれば、FPSで遊びながらそういう紛争の背景について学ぶ事が出来る><(ARMAシリーズのDLCとかそういう面が全面に押し出されてる例かも><)
Plague Inc.も感染症側にプレイヤーがなるゲームだけど、頑張って感染を増やすにはどうすれば良いかを学んでるうちに、現実でどうすれば感染症の広がりを抑制出来るかとか、人間のどういう行動/どういう選択が感染症側に利する事になるのか学べる><

オレンジは、シミュレーションゲーム大好きでそれを元に学んだ事がたくさんあるので、ゲームが実は学習のためにとても優れた教材であるということを「ゲームは教育によくない!」と言ってる馬鹿どもに理解させたい><

ヒグマ対策から食糧危機まで! 遊びながら社会問題を学べる「シリアスゲーム」とは何か(アーバン ライフ メトロ) - Yahoo!ニュース news.yahoo.co.jp/articles/7d66

シリアスなゲームって意味じゃなくシリアスゲーム><

シリアスゲーム - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B

orange さんがブースト

シリアスの範囲にもよるんだけど、感動なり教訓なりを読み取るのはプレイヤーが各自の体験と価値観から勝手にやることなのであって、それを押し付けてくるようなのって「役に立つもの至上主義」に近いものを感じるしちょっとどうなんだ、みたいな感覚はある。
たとえば「泣ける」を押し出してくるゲームなんて感動ポルノみたいなもんじゃん、的な話に近いかもしれないけど

PortalとPortal2も単に「パズルだ」で終わったらそれで終わりだけど、物事の法則を見出だしたり、逆に自分が何かを作る時(デザインする時)にも約束を考えることが大事って気づかせる教育ゲームとして捉えれば、優れた教育ゲームかも><
あそこまで徹底して約束を裏切らないゲームって結構貴重だし><

Superliminalの押し付けっぽい部分はたしかにアレだけど、オレンジ的にはゲームで得た教訓がそのゲームでしか活かせないようなゲームは駄作(広義のシリアスゲームであるゲームが素晴らしいゲーム)って考えてるので「ゲームなんて所詮ゲームでしょ」って人を黙らせる為のストーリーと考えると良い感じだと思うかも><

orange さんがブースト

これは個人的なことなんだけど、 Superliminal の説教臭い結末、読書感想文とかで「おもしろかった」で許されず教訓か何かを得た感じの “人間として成長したという現実での成果” を求められている気持ちになってとても嫌だった記憶と感情が甦ってくるんですよね

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orange さんがブースト

Superliminal はシステムは好きだけどストーリー (?) というか結末は結構きらい

オレンジは、定石があるゲームで定石で勝ってもなにもうれしくないので、定石があるゲームでも定石無視して自分で作戦考えて遊ぶの好き><

orange さんがブースト

将棋の「櫓」とかを覚えられないとかチェスの序盤を覚えられないとかテトリスの DT 砲を覚えられないとかもそうで、基本的に「強いと判明している定石をとにかく覚える」が本当に苦手なのでゲームに向いてない自覚がある

「あなたの考えは間違っていた」だと逃げちゃうので「あなたは実は正しい考え方を持っていたのに、矛盾した考えに惑わされて勘違いしていた>< よく考えてみて?>< すでに理解していたよね?><」ってすると「なるほど!」ってなってくれる><

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