HTML 5 が二兎を追っているにせよ、現実に既に存在している用法について適切に意味論を表現できるようにすることで機械による解釈がより適切になるようにした、という点で HTML 4 のまま闇の技術がどんどん発明されるよりもずっと健全な未来になっていると思います
お気持ちとしてはわかるが、じゃあ逆に「文書記述言語で済んでいたところを UI 記述向けにしなかった未来」がどうなっているかと考えると、 “互換性” を壊さないような規格更新では当然、 UI 記述には不適格な意味論を持つような要素を駆使して UI が記述される未来が待ち受けているわけで、それは氏の主張と自己矛盾しているのでは?
Safariは新たなIEになりつつあるのか | スラド アップル https://apple.srad.jp/story/21/10/25/1556243/
無視すればよい (#.4140176) | Safariは新たなIEになりつつあるのか | スラド https://srad.jp/comment/4140176
この辺にコメントとして書こうか迷って、書くタイミング失って結局書かなかった事をいま書いてる><
HTML 4 や 5 が必要になったのも、そういう「見た目 (物理的要素) だけ制御できればよし」という旧来の虚無意味論を脱するためのものでもあるわけで、そういう意味ではそもそも「人間にわかればよし」「人間が使えればよし」みたいな基準を第一とするような考え方自体していない