だから何なのかというと、原著者にせよ開発者にせよ「意味論の正しさを保証する」という点において最後の砦となるべき人々がその正しさの保証に無頓着なようでは、そういう人々が生成するコードや文書もそもそも雑すぎて信用できたもんじゃねえしスタンスとしてよろしくないと考えているという話です
たとえばプログラムにそれっぽい型とか制約が自動で貼り付けられたとして、それを精査して正しさの確信を与えるような人なんて “神経質” な一部の人だけですよ。まあ静的型付き言語界隈はそういう神経質な人がまあまあ多いので逆に期待できてしまうわけだけど……
たとえば機械翻訳とかの例が手っ取り早いんだけど、あれ使って雑に英語読んだ気になってる人たちは答え合わせなんてせず大嘘のキャプチャ画像を Twitter に放流したりしてるので。そういうことですね
セマンティクスを直に扱うドキュメント設計者やソフトウェア開発者がそういう一次情報の重要性に無頓着なのは問題のあるスタンスなんじゃないかと思いますね。個人的な信念として。
もちろんそう思っていなくてファジーでいいから何でも自動化して省力化するのが良いという思想の人もいるのだろうけど……