なので冷たい考え方になるけど、「自分の周りの人々をいかに良質な人々で揃え、関わりたくない人々から効果的に遠ざかるか」というのを主眼にすると主観的にはうまくいきやすいという感想がある。
まあ当然これはエコーチェンバー化とか視野狭窄とかのリスクはあるんだけど、「良質である」と「自分と思想が違う」は両立するので、そこを間違わないようにうまくやりましょうねとしか
集合知とかも、政治の迷走やら Wikipedia のくだらない書き換え合戦やら見ていると、集合知になるか集合痴になるかは集団次第じゃんという感じだし。
良質な人々のクラスタに属すれば良質な集合知が得られる、そうでない人々が多ければそうでなくなる、その程度のことなんじゃないかな
虚偽の発言には「それは嘘だ」という発言でもって対等に殴り合うべきであって、 BAN とかいう権力まかせの一方的な攻撃がいつでも正当化されるシステムなんて濫用されて碌でもない結果になるに決まっているのよな