><https://twitter.com/orange_in_spacehttps://pawoo.net/@orange_in_space
さっきのオレンジのUNIXの1970年代に解決すべきだったって話はそこ><何のために「べき」なのか?>< デザイナを育てるため><
むしろイスが少ないことが問題になりそう>< あとはRMSが言う通り「自由なソフトウェアでも食べて行けるよ!」の通りにする自由なソフトウェアもデザインする頑固なデザイナをが現れることを期待するしかないかも><;もし現れないなら、それこそRMSもだけど自由なソフトウェア界隈がUXデザインにちゃんと向きあわず、重要性を理解した人材が育つ環境にしなかったツケそのままかも><
まあガイドライン作成に必要な労力とそれを維持する労力が全然違うから恒常的に多くのデザイナを雇うべきでないということはわかりました次の問題はインタラクティブなソフトウェアのデザインのガイドラインの妥当な外注先がどれだけあるか (あるいはどう発見するか) ですね……
あと、忘れちゃいけないMacのフロッグデザイン><
名前度忘れしてて今おもいだしたけど、ランドーアソシエイツみたいな会社がなぜあるのか?><みたいな話><
だからこそ、一貫性を持ったデザイン、例えばデザインガイドラインを作るのは社外、社内は「大それた仕事ができなくても文句言うな」に耐えられる人がガイドラインに沿ったデザインをすればいい><
継続的に小さな機能が導入され続けるようなソフトウェア開発ってまさにそれなのでは?
例えばキッコーマンの醤油さしとか><
一貫性のあるデザインは、そんなにホイホイ作るものでは無いからこそ、よほど製品のラインが多いのでなければ、新製品を既に用意した一貫性のあるデザインに適合させるデザイナのみ社内に必要なのかも><
なんで多くの著名なインダストリアルデザイナーが独立してたり専業のデザインスタジオに居るのか?><(なぜ社外デザイナーを使うのか?><) がひとつの答えなのかもって思ってる><
https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/102474838963473478https://twitter.com/GaNoOssan/status/1150606426747760640
これ思い出した
少なくともGNOME3論争の時のリーナスはそう考えてない>< 「なんで削るんだよ?」って言ってる><
https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/102474813571870748で、 UI (特に GUI) って (kernel などと違って) そもそもそれほど強制力のあるレイヤーではないので、それこそ好みの問題で無限に新しいものが生えてきてバベルの塔になるのは当然の展開すぎるという気持ち
あと、ロゴデザインにもちょっと関係ある話として、Mozillaはロゴとアイコンのデザイナをクビにすべきだと思う><; 雇ってるからどんどん新しいの作っちゃうんだよ!>< デザイナを暇にしないためにデザインが変更されてしまうその誤りにまず気づけ!><;
だからこそ、「好みじゃねーよ それはこういう理由で正しくないんだ」ってぶん殴って泣かせる、きれいになる前のリーナスみたいな人が居ないと、単純に流行りに流されちゃう><(もうひとつのリーナスが向いてる面はGNOME3騒動もオブラートに包みつつそうだったけど「互換性考えろ!」って発想が強い面><)
根本的に、デザインの統一性って上から圧力があってやっと浸透するみたいな印象を持っていて、つまり好みに応じて局所最適が沢山ある中でひとつを選んで推し進めていくのは十分に多くのレイヤーでオープンなエコシステムでは不可能なのではと思っている
GNOME3 disり事件を考えると、リーナスがもう一人いて統一されたGUIを先導(煽動?><;)するだけでもかなりマシかも><(しかし居ない・・・><)
まあその辺りはデザイナーや UI 設計者に金をかけられる界隈がやっぱり強いわよね
プロプラな環境は商売なので、使いにくかろうが新しいデザインにして自社製品信者やデザインとデコレーションの区別がつかないおしゃれさんに宣伝してもらって儲ける商業的正当性があるけど、自由なソフトウェアはそんなもの無視して学術的に認知工学を土台にユーザビリティテスト中心の正しいデザインになれたかもしれないのに、実際には「手抜き」or「一貫性の無い後追い」って悲劇的状況><
逆にUNIX育ちの人がGUI作るようになってからの惨状、いくらウェブの影響が大きいとは言えアレかも><
思考の /dev/null