合意というのは人々によって行われるべき事項であって、いち実装が責任を持てというのはおかしいかもしれないが、かといって規格がそれを明示すべきかというと、それは明らかにユースケースを制限することになりうるので危険そう
たとえば ActivityPub におけるイベントの単位は "Object" だし、投稿は "Note" 型のデータだったりするわけだけど、これをクライアントの UI において露呈しない、他の用語を用意するというのは十分に合理的に行われうるかと思います。
まあ "toot" が合理的かはまた全く別の話なんですが。
https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/101637061533052071
「○○を△△と呼ぶべき」という規定が明文化されて発行されたならばそれは規格だけど、そうでない UX 上の事項は単なる人々の合意、デファクトスタンダードに過ぎないわけであって、これは倫理観と合理的判断により当然多様性が発生しうるという考えです
これはクライアントアプリケーションが責任を負うべきものであって、そんで現状の Mastodon や Preloma 等は単にサーバとクライアントが一体で提供されているから境界が曖昧になっているだけですよね
https://mstdn.nere9.help/@orange_in_space/101637023117701712
そもそも UX への責任は AP サーバが持つべきものではないと考えているので、ちょっとこれはよくわからないです
https://mastodon.cardina1.red/@lo48576/101636921831378331
まあこれは「本質的機能とそうでもない機能を混ぜると、後者を前者であると勘違いする輩がテキトーなことを言い出す」みたいな人間のアカン面の表出を未然に阻止したいというような気持ちも若干あっての考えでもあるけど……
結局人間的にはハブは欲しくなるんでしょうけど、ハブは fediverse やそれに参加するための実装から直接に提供されるべきでなく、交換可能かつオプショナルな形で外部的に提供されることができるはずだ、という考えです #distsns
舎人ライナー~ - 荒川CR https://sites.google.com/site/arakawacr/cycling-road/home/toneri-
これか