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つまりおすすめユーザーなどというシステム自体を捨ててランダムにすべきでは?><と言ってる><おすすめと称してそのおすすめシステムの作者が押し付けるシステムなんて作らずに><
ユーザが「潜在的に」望んでいるものを提供した結果が twitter の鬱陶しいあれこれであって、あれを望んでいる人もいますが、少なくともシステムとしてそれを推進するのは真っ当ではない、という話では?
そんな事は言っていない>< ユーザーが潜在的に望んでいたものであっても排除するというもののどこがどうおすすめなのか?>< と言ってる><
そもそも「おすすめ」が「注目者の多い人を提示する」の代名詞として認識されているのが中央集権システムの弊害では?
それってつまりその改良されたとやらがおすすめと判断するようなユーザーが優先されるのでは?>< 単にセレブとか称してるものと逆にしたいのであれば、フォロワー数が少ないユーザーからおすすめすればいいのでは?><何がどうおすすめなのかさっぱりわからないけど><
もちろん評価は発生します。そこでその評価が「有名度に強い正のフィードバックをかけるような評価関数による」というところが問題視されているのでは、という話です
x経験にうよるo経験の影響による
ランダムでは無いのであれば、(おすすめされた側あるいはする側の過去の経験にうよる指向が反映される)読んでいないのになされた評価という要素が発生するでしょ?><
無論対象が多いのであればランダムネスは必須で、そこでフェアであるために本当に「完全なランダム」である必要があるかと考えたとき、そうではないのでは、というのが私の主張
なのでフェアさを重視するなら、ランダムにすべきだと言ってる><
たとえば最後まで本を読むにして、書店に有名な本ばかり目立つように置かれていたら「フェア」ではないのでは?という話をしています
伝わってないっぽいから本で例えると、フェアさを求めるのなら、ある本を読みたいかどうかはその本を最後まで読んでから決めれば?><と言っている><
オレンジは、フェアであることを重視するのであれば、読みたいかどうかは実際に読んでから決めれば?>< と言っている><
これは差別問題にもつながる話かも>< 結局見たくないものとラベルを貼られてしまったものは見られないし、裏返すと見たいもののみを見る>< 例えば某氏がセレブと称してるような><
それのどこがフェアなの?><
各ユーザが自分の求める傾向でユーザを自動的におすすめしてほしいことはあるかもしれないけど、「有名度で正のフィードバックがかかるように」という方法だけ用意されている状態は、ユーザにリソースの一極集中を加速させるように選択を誘導している、と考えられる?
読まれる機会のフェアさを求めるのなら、突き詰めれば見たくない投稿であってもランダムに表示されるべきだとなるでしょ?><
「嫌な情報でも追うのがめんどくさい情報でも追うべきだ」という話にも似てる問題かも><(オレンジはそういう問題も追うし、ブロックもミュートも主に技術的理由でしか使わないけど、全員がそうしろとまでは言わない><)
あと、新たに誰かに短期的に注目が集まる事態を否定すること自体が、セレブとか言ってる人利する行為だし、そもそも何を構築するのか?という視点が欠けてる><
某氏の言い分、究極には「完全にランダムにユーザーを表示すればよい」につながるし、そもそもおすすめユーザーのどこがどうおすすめなのか謎><
思考の /dev/null