ねこです。
テスロゼ(OSTER)/ばびちゃお(ばやちゃお)/迷犬(きゐ) でひとかたまりの世界観を作ってるかんじはあるけど、それぞれ中の人との結びつきが強すぎて、Vのものというより、それぞれlive2dで動いてる人間ってかんじ。それでもVのもののフォーマットでちゃんと回ってるけど、認識論てきにはあくまで別物な感じがしている
自分が推してるテスロ&ロゼット(OSTER project)なんかはあまりにもOSTERすぎて実際のところ推しててあんまりVってかんじがしてない。「Vだーー推すぞーー!!!」というより「Vだよね…Vって言ってるから推していいんだよね…推すよ…?」ってかんじ。
お?そうなの?
Rainbow Girl 本家の中の人が演奏して歌ってみたよ - ニコニコ動画 https://sp.nicovideo.jp/watch/sm11008742?ref=thumb_nicopedia
ごめんね 画面から 出れないの♪私は 二次元の 女の子♪
ヴァーチャルは架空の「「「存在」」」だからねえ、器があることで存在できる。
犬山たまきはしぐれういの対偶?伊藤ライフはどうなんだろ?
しぐれういとか、中のひとが誰であるか明らかでなんなら名前まで中の人間とおなじまま活動してて、それでどうしてVのものとして成り立つんだろうって思うんだけど、きっと第一に、ホロライブやにじさんじの世界観に溶け込んでおなじ世界で生活しているからなんだろうと思ってる
あ、そうか架空の存在(バーチャル)であるためにイラストのガワが必要でつまりはストリーマーと関わるのではなく、インタラクティブに動いてるアニメキャラとやりとりしてる認識なのかも
一種の架空の存在的な雰囲気があるからこそみたいなそこに良さを見出してるからこそ「中の人とか前世のことは知りたくない」って人が存在するのかも
オタクには「推しと関わりたい」気持ちと「推しに認知されたくない(観葉植物のようにひっそり応援したい)」気持ちの葛藤みたいなものがあるという認識なのだけど、Vのものはインタラクティヴでありながら実在の人間とは独立した人格として理解されるので、その相反する気持ちの両方に応えることができる、という点で画期的なのかもしれない。絵や中の人間というより、認識論てきに画期的なんだろう。
アジリティが高いヤマネコです。よろしくお願いします。
それはダイハツ
アイドルファンでも地下アイドルと有名アイドルのファンはロジックが違うのね(当たり前だ)
好きな曲歌ってる子がたまたま可愛いアイドルだったってだけなので地下アイドルとかそっちはよくわからんがなぁ地下は接触できたり認知されたりが嬉しいのかなぁ何なのかなぁ #frfr
関東にある山奥の寂れた観光地はだいたい頭文字Dの聖地になる説
酸ヶ邊峠が頭文字Dにちょっと登場したことがあって駅前に顔出しパネルがありそう
自分の好きなものの良さを説明しろと言われてもなかなか難しいね
ガワは入口かもそこから掘り下げていった先に中の人にハマる感じ?ワタシの場合は
Vのものを推すオタク、「絵じゃん」という提起に対して「絵だよ」というところから始めるような例を多く見るし、むしろそこが大事なんだろうかなとかなんとか
思考の /dev/null