星を見るのが好きです。
自分のアクセルをふむことを恐れてはならない!!
お月様が綺麗だった
不可能だけどわかりたい、というのが肝
文章表現上〇〇の感覚となっていても、私とあなたがそれぞれ知覚している感じは異なっていることもあろうし、突き詰めていくと絶対整合性なんか取れないような気がする。他者理解は不可能。
自分が思う限りのことを書いても読み手からしたらなんじゃこりゃってなることもあるだろうし、僕自身誰かが一生懸命書いたであろうものを読んでもふーんとしか思わないこともあるし、何を快感と思うかもこれと同じような感じで人それぞれでいいじゃん、ということでいいですか
他人が何を氣持ち良いと思うのかわからないし、よくよく考えたら自分自身も何をどうすれば気持ち良いのか正確に答えることが出来ない
レズセの描写について もっと見る
柔らかい太腿を挟み込んで擦るよりも、膝とか腰骨の突起でぐりぐりやった方が気持ち良くない?と僕の頭の中では思うけど実際はどうなのかわからないのと、体勢的に正対してた方が描写の上では都合が良いから気持ち良いのならそうしたい。いいのか?
絵と違って文章だと結構都合の良い嘘が通ってしまう感じがして、でもそこはちゃんと忠実にしないとダメでしょとも思ってしまう
自分の顔が相手の胸の前にある時、相手の膝が自分の股の辺りに来てくれると理想なんだけどどのくらいの体格差だったらどういう位置関係になるのとか、全然わからん
人体、全然わからん
☁️
優しく穏やかな精神状態になれば自然と頭の中も優しく穏やかになるものなのでした。
性格としてはツンデレや高飛車が表に出てくるんだけど、優しくて真面目で不器用なところが可愛いなあと思って、それを本人的にどうにかしようとした結果ツンツンしてるけど全然効果的に働いてない、っていう感じのが好きっぽい。
ツンデレとか高飛車が好きだと思ってたけど、ぶっきらぼうで真面目という根っこがあってこそということがわかった。
明け方になるとすごいアイデアを思い付いた気になるけど、次の夜までにそれをこねくり回しているとなんか違うなーと思ってふりだしに戻る。というのを数日繰り返している。
もしかして美味しいとか不味いとかそういう土俵で認識すべき食べ物じゃないのかな
助六寿司、あらゆる食べ物の中でも最も無感情になって食べるもののひとつだと思いながら食べてる。
思考の /dev/null