星を見るのが好きです。
いちばんnere9顔してるネコちゃん絵文字はどれかな
ファミコンはスイッチ入れたらすぐ遊べたけど、今のゲームはまずダッシュボードに飛ばされて何度も選択しないと遊べない、みたいなのと同じ感じで、好きなこととかそれをする道具とかは出来る限り手の届く範囲に置いたりスイッチひとつで使えるようにするのが私にとっては大切なことのような気がしてきた。
スイッチひとつで気持ち良くなりたい。
たまにはホラー小説読んでみようかなと思ってたけど、さっきインターネットの怖い動画を見てしまってめちゃめちゃ後悔した。
ひとつでもpostすると芋づる式に何かする気になるから、どんどん奇声上げた方がいい。
何もdeki9になってきた。
グワー
☁️
コンビニへ行ってきます。
ぐえー
おせっかいと愛は似ている。
バタバタしてるとすぐ意識が散漫になって失敗したりするから、目先のことから少しづつ片付けていくほかない、というのを実感している。
鼓動が速くなると人間が何を言っているのか全然わからん。
体を動かした後はインターネットの気分に復帰するまでに少し時間がかかる。
インターネットにあれこれ書き込むのもそうだな、たぶん私は世間一般と比べると多少はインターネットにあれこれ書き込むテクニックを知っていて、でもプログラミングをバリバリやっている人には全然足りなくて、そういう見えている認識の差、テクニックを知っているかどうかっていうのが、今まで想像していた以上に、他人を理解する上で重要なんじゃないかと思った。
僕の絵を描くということの認識は、クレヨンでグッと線を引いたり、絵の具をつけた筆でベチャってやる程度の次元のものしか持っていなくて、なんかもう手数が違いすぎてこりゃかなわんわと思った。
この世の中には、それを知らない人間にはいくら考えてもわからないけど、それを知っている人はいとも簡単にやってのけるテクニックがとてもたくさん存在していて、知らない人間にとって、何らかのきっかけが訪れないと一生気付きもしないようなものが満ち溢れているんだなと思った。
さっきイッピンで、沖縄の紅型という布に顔料を塗っていくやつをやっていたんだけど、僕は絵を描く人間でないから全然わからなかったんだけど、絵を描く上で、色を塗った後に擦るってテクニックは滅茶苦茶重要なんだなーとびっくりした。僕にはXY軸で表される位置に色が塗ってあるとしか理解出来ないけど、絵を描く人からしたらそこにはグラデーションを描く筆使いとかの、非常に多次元的なものが見えているんだなと、感心してしまった。
三重は神様の国で、神様はあんこが大好きだからかな。
三重のお土産のあんこが入った餅はどれも美味しいイメージがある。
思考の /dev/null