星を見るのが好きです。
究極的にマクロな価値観だと宇宙規模の話になって、ミクロだと気持ち良いことしたいなとか猫さわりたいとか、マクロとミクロを規模の大小で図るから思考が一意的になってしまうだけで、私にはそのどちらにもしっかりとした価値観の輪郭みたいなのがあるように思える。
宇宙の大規模構造を考えたら人間が何をしようがほぼほぼ影響ない、所詮エネルギーの揺らぎでしかなくて、それをバタフライエフェクトだとか言って人間ひとりの行動に意味を持たせることも出来るだろうけど、あなたはその価値観を本当に抱えられますか?と問われたら、私はあんまり自信が無い。
頭が良いとえらいとか、お金をたくさん持ってるとえらいとか、えらさには色々な価値判断の基準があって、つまるところそのうちのどれを信奉するか、信奉出来る環境に身を置くか、みたいなことでしか、人間の知性だと辿り着けないような気がする。
何をもってすれば人間ちゃんとしたことになるのかわからんけど、自分が食べるだけのお金と、気分の良い時にちょこっと人に振る舞うだけの小銭は、どうにかして持っていないと人生続けていくのは無理っぽい感じする。
僕の好きなエロゲーにかたわ少女というのがあるんですけど、それがたしかPythonで作られていて、以前PCを新調してデータ移してた時に、フルコンプしたセーブデータの場所を見つけられなくて、これどこに入ってるんだろうと疑問に思ったのがきっかけですね。
プログラミングのことなんもわからんけど、Pythonを勉強してみたいなと思ってこの間少し調べていた。
今現在の、ちょっとやってみたいことだったり勉強してみたいことはいくつか思い当たるけど、子供の頃に描いていたような将来の夢って、なまじ現実的に物事を捉える能力があるせいで、スケール感が全然わからなくなった。
良くしてくれる人の為に人生捧げたいぞ!みたいな気持ちが逸ってしまうけど、最低限自分のことをしてから人に関わらないと足引っ張ることになるもんなーと思って、結局何も出来ずにいる。
古典的だけど、密室に閉じ込めるのめちゃめちゃ好きです。
精神が弱ると共同体主義者みたいなこと言ってしまう。
血縁者だからって気安く話すことが出来るとは思わないけど、やっぱり何かしら易い部分はあるわけで、そういう状況に甘えるのも悪いことではないのかなと思った。
想像上の三次元だから二次元と変わらないのかな。
兄弟姉妹で楽しくお喋りする感覚、二次元ではすごく良いなあと思って、三次元では非常に残念な気持ちになることが多くて苦手だったけど、三次元のも良いなあと思うようになってきた。
また風が強くなってきました。
家の中を締め切っていると蒸し暑い感じがして、トイレもむっとした臭いがする。普段家の中にどれくらい隙間風があったのかとか、間取りもエアフローのことちゃんと考えて作ってあるんだなあと感心しました。
風が穏やかになったから外見に行ったんだけど、道に葉っぱがたくさん散らばっていた。植木鉢が飛んでなくて良かったです。
9月も10月も11月も12月も、31日は何かしらイベントがあるような気がする。
ゲームでハロウィーンのイベントが始まったから、今日かぼちゃ食べ忘れてしまったなあと思っていたんだけど、ハロウィーンって10月31日なんですね。いつも忘れてしまう。
雨戸がドッタンバッタンしてる
優先順位が滅茶苦茶低くなってしまった積読とか、もう読まないと見切りをつけて、さっさと損切りみたいなことしていった方がいいとは思うんだけど、私は貧乏性だからそういうのが出来ない。
思考の /dev/null