星を見るのが好きです。
☁️
アリーナボコボコにされておしまい。
やりたくもないのに苦手なことやらされる必要なんてなんもないな。
盆栽のデイリーやらなきゃ。
そう、人間関係において恥ずかしさと喜びは別に引き換えする必要はなく、喜びだけがある、という状況はごく普通に存在するわけです。そして私は現実の人間関係において、そのごく自然な状況を設定することが極端に苦手であるというわけです。
恥ずかしくならないナイスコミュニケーションです。
誰かに話しかけること、それ自体が約束、契約、気遣い、しきたり、などが発生する状況であり、それは政治的に正しい振る舞いではあるものの自然な心地よさではない気がする。
ふぁぼったりTLに流れてる話に乗っかったり、これは約束を必要としないコミュニケーションなので理想的な形態である。これがリプライになると途端に約束が発生する状況になり、これはよくない。
寄ってきた猫を撫でてニッコリするのに、誰に約束を取り付ける必要があるのか。あらゆる他人を不快にさせないようにという気遣いが約束の役割を果たしちゃってるわけですね。
人と関わるのに約束する必要なんて全然ないんだけど、きちんと手順を踏んでという小綺麗な観念があるからいかんのです。
まちカドまぞくはもう既に仲が良すぎるから関係性の移ろいをどうこうという良さではない気がする。
優子さんと桃ちゃんがよろしくやってるの想像すると心が暖かになってくる。
桃ちゃんがちょっと恥ずかしがってるのすごい見たいな…優子さんがんばって。
人が恥ずかしがってるの見たい!
恥ずかしいのは別に楽しくないしただ苦痛だけがあるけど、恥ずかしさの発生する状況には何らかの良さがあるっぽい。そして当事者はそれを認識出来ない。
関係性が壊れることを恐れる=恥ずかしさなのだとしたら壊れない関係性を築いた上でお誘いすればいいのだし、それが普通のことである。関係性壊れるような特別なことをしたいという感覚なのかな。
今現在の私に最もありえる形に置き換えるのなら、一緒にオフ会しませんかとお誘いする感じだろうけど、まあ無理ですね。とても恥ずかしい。
アニメ見てぽっと思い付いたことをムムムと考えるのは楽しい。
ともかく、人をお誘いするのは大変なことですよ。私にはとても出来ない。
思考の /dev/null