星を見るのが好きです。
「函館に住んでたとき」って字面がすごくいい
最近は星よりも、夕暮れや夜の街並みを双眼鏡で眺めていることの方が多い。
僕の頭蓋骨も遠い未来の子供によくわからず撫で回されたり放り投げられたりしていて欲しい。
デッサン用の頭蓋骨、また「本物」 気づかず20年利用:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASLD63C6FLD6TLTB006.html
テラリウムだっけ、瓶の中に土と水と草を入れて密封して、日当たりの良いところに置いておくと、瓶の中で生態系の循環が起きるやつ、あれやりたいなあとずっと思っていて、衣装ケースの中のゴキブリもそういう面白さがあった。
衣装ケースの中にひとつの生命サイクルが存在してるっていうのはすごく美しくて気分の良いことだろうなあと思う。
箱の中にびっしりと、大量のもぞもぞと蠢くものが這い回っているのは、なんか見ている分には気持ち良さがあるので、バックグラウンドで常に流しておきたいなと一瞬思った。
餌用ゴキブリ、画面越しならもしかして可愛いのでは?と思うことも出来るかなって感じなんだけど、実際に目の前にしたらやっぱり脊髄反射的にウッとなってしまうのだろう。でも少し興味出てきた。
ゴキブリを繁殖させている人のYouTubeを見ていて、この人の日常の風景と私の普段見ているものはまったく違うんだろうなと思った。
四ヶ月ぶり?にまともな外出をします(警察署に行きます)
今日は暖かくて気持ちが良いな
昨日ダーウィンが来たでやってたりんご園のフクロウ可愛かったなと思い出している。
私はお猿さんなので〜って言い方可愛いのでどんどん使っていこう
私はお猿さんのままでいいから、少しでも自分が気持ち良く過ごせる方法のことを考えていたい。
これからは人を馬鹿にするとき、未だに三大欲求に囚われている猿共ってフレーズが流行る。
そもそも三大欲求って考え方がもう古いのかもしれない。もう誰も求めていないのに、かび臭い伝承を有難がっているのはもうやめだ。
思い通りの性生活なんて出来ないし、普通とされる生活をしていると充分に睡眠を取ることは不可能だし、それならせめてと皆が美味しいもの食べたがったりするのにはこういう理由があったのだなと、ようやく理解しました。現代人はもう食欲しか満足することが出来なくなってしまったのだ。
二度寝しようとして駄目になってしまうパターンばかりなので、物足りなくても起きてしまって、後で長めにお昼寝するみたいなサイクルの方がいいのかな
労働する前は何時間でも好きなだけ眠ることが出来ていたのに、馬鹿馬鹿しい始業時間に従う生活を続けていたらこんなになってしまった。なんもかんも労働が悪い。
早く寝ても何時に寝ても、4時間で起きちゃうのはもうどうしょうもない気がしてきた。
思考の /dev/null