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「差別でもなんでもないよ。
日本人がやっても怒られることだから。

日本にいる時は日本のルールで、
タイにいる時はタイのルールで行動する、それだけ。

どっちがいいとかじゃない。」

「二十代から金融リテラシーを高め、投資をする事は良い事だど思います。 しかし、人生のそのタイミングでしかできない事というのは確実にあります。三十代になり明らかに体力がなくなる。四十代になり体が動かなくなる。五十代になり聞いた事がある重度の病気になり始める。 六十代になり、何となく人生は残り短いのかもしれないと思うようになる。貯めることと同じくらいのその瞬間を楽しむのも大切だと思います。 DIE WITH ZEROではありませんが、最後の財産は思い出だと思います。」

「本当に困ってるときは無視しておいて、あとから「寄り添ってます」は通用しません。信用ってのは「助けた実績」でしか積み上がりませんからね。見捨てた履歴は、何を言っても消えることはない。それだけの話です。」

「18歳のOLが顔も知らないペンフレンドに呼び出されてホテルで殺されるという事件もこの年に起きています。ネットの出逢い系なんかがなかった時代は文通による事件が続発してまして、いまのネット事件よりは遥かに多かったと思いますが、郵便を規制しようという話がまったくなかったのはフシギです。」

「中川昭一氏と麻布、東大で同級生であったのに面識さえなかった玉木某 そんな彼を中川氏に紹介したと中川未亡人が指摘した人物は、当時在米大使館公使の河相周夫。 英語もおぼつかず、集団的自衛権の限定公使に反対した同人を外務次官に抜擢したのは民主党。今は上皇陛下の侍従長。 これが日本。」

「これは本当にあって、A型作業所も女性は普通に付き纏いに合います。友達は昼休み車の中でご飯食べてるのに「電車の話をしよう」と毎日声かけられると泣いてた。職員に言っても注意さえしてくれない。福祉職員が低レベル過ぎて女性には福祉施設に居場所も無いんだよ。」

「何で清瀬で共産党市長が誕生したのかと思ったら無所属詐欺してたのかよw

こりゃひでえwwww」x.com/sxzBST/status/2038694914

「自分が養子だった事。 高校生の時に戸籍を見た事で知って、何で隠してたのか、 俺を騙してたのかと帰宅したばかりの親父に食って掛かった(さすがに母には言えなかった)ら 「ちょっと迷子になったってだけで騒ぐな。ちゃんと探してやったろうが」だと。 両親的には俺は、「生まれてくるとき、出てくる腹を間違えた阿呆」 という事になっているらしい。 自分としては凄く衝撃的な事実だったのに 余りにもあんまりな返答を返された俺は、唖然としているうちに 「で、お前宿題終わってんのか」の一言で自室に追い払われた。 後に、俺は不妊に悩んでいた両親がふらりと訪れた施設で、 ハイハイダッシュで駆け寄ってきた赤ん坊だったと聞いたw 母も父も、俺を抱き上げた途端 「あ、これうちの子だ」 「こんなところにいた」と感じたらしい。」

「旦那との初デート時、甘いものはお好きですか?と尋ねたらティラミスが好きですと言って注文してたから(甘いの好きで興味ある人なんだな…)って嬉しかったんだよーとさっき旦那に話したら、お洒落なお菓子が思い付かなくて咄嗟にストリートファイターのエドモンド本田の好物を言ったことが発覚しました」

「小川淳也、本当に言ってる… 「女性天皇…生きてる内に見てみたいなと思う日本国民の一人です」 「個人的な思いなので許して下さい」 あのー、公党の代表が皇室典範を無視するような事言って大丈夫なんですかね?」

「埼玉に限らずクルドに接する日本人は、クルドが踊りながら歌うこの歌が、クルドのゲリラがトルコ人をコロしたことを祝う歌だと知りましょう。 トルコの人に対する大変な侮辱です。 彼らの祭りに参加するのはやめてください。日本人のアホさを世界に晒さないでください。」

「青山学院大学の名誉教授ともあろう者が、中国CCTVのインタビューで「日本の歴史教育は加害の側面を教えるべき」などと、自国を貶める主張を垂れ流している。
特亜のプロパガンダに加担し、自虐史観を次世代に押し付け、日本人の誇りを奪い去ろうとする反日学者の典型だ。

中国の国営放送で日本の国益を損なう輩に、教育者の資格など微塵もない。」x.com/S10408978/status/2038077

「昔コンビニのバイト面接に行った時

「君みたいにバイトの面接にきちんとシャツを着てくる真面目な子は雇えない。
真面目な若い子が酔っ払いに泣かされたのを何人見てきた。この店舗は客を舐め腐ったような子じゃないと無理だ。もっとこう…遊園地とか明るい場所で働きなさい」

面接は落ちた」x.com/hohindahohinda/status/20

「小泉先生:そこがこの戦争の最も残酷な「構造」の一つです。ロシア軍の戦死者を詳しく分析すると、モスクワやサンクトペテルブルクのような豊かな大都市の出身者は驚くほど少なく、その多くが地方の貧しい地域の出身者や、少数民族、あるいは志願兵として集められた「即席兵士」たちであることが分かります。戦争を動かしているのはエリートたちですが、実際に戦場で命を落としているのは、経済的に選択肢が限られた地方の人々です。そこには明確な「命の格差」が存在します。名前も刻まれず「腕」とか「顎」とだけ書かれた墓標の下に埋められる人々。彼ら一人ひとりに人生があったという事実は、一つの点としてデータの中に埋もれているのです。」

「「ママ、もしこの世の中にインターネットがなかったらどうなると思う?」と6歳児。 ママ、そういう世界生きたことあるよ」

「保育士さんから、遠足の持ち物に【水筒】と書いたら中身が空っぽの水筒持たせてきて「水筒としか書いてないですよね?中身入れろって書いてないですよね?」と言ってきたと聞いて、そんな人間が子供育ててるのかと驚愕しました。」

「1回目・・鼻で笑う
2回目・・あと100回は余裕だ
3回目・・何かを感じ始める
4回目・・笑みが消える
5回目・・鼓動が高ぶる
6回目・・終わりが近い
7回目・・限界への挑戦
8回目・・限界を超えたい」

「実戦プロジェクトに参加して頂いた社の回答に、興味深い物がありました。 この社は子供達に実際に番組を作ってもらうという企画をしたんですね。 水族館に取材に行って、それを番組にしたんです。その水族館にいる 魚の数をちゃんと職員の人に確認しないで『この水族館には魚が何万匹います』って ナレーションを入れようとしていたんです。『それっておかしいでしょ』って 放送局の人が指摘したら、その子供は『テレビなんだから、どうだっていいじゃん!』と答えた。」

「就職したばかりの妹に悩みは無いかなんでも話してみろと尋ねたら「……10年くらい前、私がゲーム(サクラ大戦4)のセーブを間違って消してしまった時、あなたはまったく怒らず微笑んで、無言で頭を撫でてきた。それが未だに私を苦しめる」と語り出したので(もう苦しまなくていいんだよ……)の意で頭を撫でようと手を伸ばしたら見えない速さで手を払われた」

「卓球「10代の頃は、“キャリア20年”というとすごく重みがあるように感じていたけど、自分たちがその立場になると、この薄っぺらさは何だって感じ(笑)。重みなんて全然ないですよ」 ピエール瀧(以下、瀧)「レストランの名店とか老舗の和菓子屋みたいなところだと、20年というと凄みがあるけど、リサイクル・ショップを20年やっていても、別に感慨とかないじゃないですか」」

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