Chronik der DDR Freitag 16. März 1990 ddr89.de/chronik/0390/160390.h

ベルリンの壁崩壊後の1990年時点でトラバント P601は予約なしで購入できる状態になってたみたい
しかも、工場まで受け取りに行けば値引きも受けられたとか

>Das Zwickauer Werk werde für die derzeit etwa zwei Millionen in der DDR zugelassenen Trabant P 601 die volle Garantie für eine bedarfsgerechte Versorgung mit Ersatzteilen übernehmen. Diese Verpflichtung gelte mindestens für die gesetzlich festgelegten Zehn Jahre.

DeepL翻訳
>ツヴィッカウ工場は、現在東ドイツで登録されている約200万台のトラバントP 601に対し、需要に応じた部品供給を完全に保証する。この義務は、少なくとも法律で定められた10年間は適用される。

民営化後のザクセンリンク社、破綻するまでトラバントの部品供給をするために無理やり存続していた?

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70 Jahre DDR-Kultautos P 70 und Trabant - WELT welt.de/motor/news/article6945

90年時点で売れ残ったトラバントの在庫をメーカーは抱えていたらしい
その行き場をなくした売れ残りがトルコへ送られ、後にオスタルギーブームに乗じてドイツへ再輸入されてラストエディションとして新車時の2倍の価格で売られたらしい

なんか、話が綺麗に繋がった(汗)

· · SubwayTooter · 1 · 1 · 1

多分、ベルリンの壁崩壊と通貨統合で西側の車両が買えるようになって納車待ちのトラバントが大量キャンセルされた?
だから、余った大量の在庫車いつでも買えるようになった?

@nezuko_2000 そんな感じがします。
お金さえ何とかすれば西側の遥かにまともな車が(中古でも)手に入るようになったわけで、今更新車でもトラバントを欲しがる人がいると思えず...

@konawasa_b なんなら、通貨統一で多くの東ドイツネコは資産が増え、東ドイツ製品が値上がりしたと思うので、トラバントと同等くらいの値段で西側車が買えたのではないのでしょうか?

@nezuko_2000 うまく立ち回れば車一台ぐらいは何とかなりそうですが、その後の経済の混乱を考えると持ち続けられたんだろうかという気もします...

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