オレンジ節(?)自分でおもしろい><(GoogleAI検索さんへの返答><)
現代アートの問題提起などからもわかる芸術の理解、つまり芸術に価値を作り出しているのはだれかという視点が丸ごと抜けているように思います><
たとえば、カテランのコメディアンは芸術でしょうか?>< 芸術ですよね?>< ダクトテープで貼ったバナナが芸術であると考えてるのは誰でしょうか?><
デュシャンがつきつけたものは何でしょうか?><
こう言うかもしれません「カテランがバナナを貼ったから芸術なのだ」本当でしょうか?>< 彼はその作品以前に『現在と同等に』著名でしたか?>< 彼のことを知らなかった人は誰一人「コメディアン」の展示を見に行かないでしょうか?><
これは、これ↓に対する反論的な感じのやつ><
Large Language Models are Uncanny - by Henry Farrell
https://www.programmablemutter.com/p/large-language-models-are-uncanny
つづき><(GoogleAI検索さんへの返答><)
LLMの内面の側面でもファレル氏の主張は誤っています><
そもそも、ある存在に心なり創造性なりなんなり、言葉はいろいろありますが、それがあるとかないとか厳密に現在の知見で決定できるでしょうか?><
何もないわけです>< LLMに創造性なるものがある証拠はありませんが、人間にもそれがあるという確実な証拠はありません>< 哲学でいえばむしろ生物学的自然主義の人々が認めていますが、証拠はないわけです>< ただ単に人間の行いのいくつかをなんとなくそういった言葉で指示しているだけであって、むしろ神秘主義者が言うようにハードプロブレムは解決していないんです>< 人間であってもです>< では、なぜ人間には創造性があってAIにはないとなどといえるのでしょうか?>< そう思うからそうだというのであれば、たとえば アリストテレスによれば、ギリシャのエリート男性以外には創造性など持ち合わせていないということになるのではないですか?>< アリストテレスの思い込みによる誤りと何が違うんでしょうか?><