国木田独歩 - Wikipedia
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"...1893年2月3日、日記『欺かざるの記』(没後に出版)を書き始める。..."
との事なので、悔しさを反対に云々と記述してるということは、少なくとも明治時代後期でも「くやしさを 糧/バネ/コテ に」という表現は一般的ではなかった可能性を示す資料といえるのかも?><;

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昭和7年に至っても、そういう風に悔しさをむしろエネルギーとして使うという文脈の文がほとんど現れない点からすると、少なくとも『悔しさ』という単語に対してそれをそのように活用するイメージを持つのは昔はかなり独創的な発想だった?><
国木田独歩ってそういう面でかな先進的(?)な発想だった?><

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