既にconceptual interestsを失ってしまった年齢層の学生を相手に何らかの分野の物事を教えるときに、講師側は多くの場合何らかきっかけあるいは生来の嗜好でその分野について既に興味を持っていて、ある意味(?)conceptual interestsを持ってるといえそう?><でも、教わる側の学生すべてがその分野、あるいは講義内容に対してのconceptual interestsを持っているわけではないので、situational interestsを通して興味を持ってもらうというギャップが発生することになりそう><
もちろん生来のオタク器質がある人(→><;)は、(広範囲の?)conceptual interestsが残っているので、任意の分野について自分で自分をそれに興味を持たせることはできるかも><なので、オタク器質がある人は、ある意味はconceptual interestsがあるのが当然である感覚で、それがない一般人に対して「なんで誰もこれを面白いと思わないのか!?><;」ってなりまくる><
ここで、メタな構造が発生する><オレンジはconceptual interestsが残ってるので、自然に教育学分野に対しても興味を持ってしまった><一方、そうではない一般人の方々の多くは「(この変な顔文字は何がおもしろくてこんなこと調べて長文書いてるんだ?)」ってなってそう><(被害妄想かもしれない)『conceptual interestsが限られた分野のみに向いている何らかの分野を教える講師』が教育学に興味を持たないのも結局、興味を持つきっかけが得られなかったからであろうと言えるだろうし、その分野で学ぶ学生も、何らかのきっかけが与えられなければ興味を持たないのも当然といえそう><
思考の /dev/null
ここで、メタな構造が発生する><
オレンジはconceptual interestsが残ってるので、自然に教育学分野に対しても興味を持ってしまった><
一方、そうではない一般人の方々の多くは「(この変な顔文字は何がおもしろくてこんなこと調べて長文書いてるんだ?)」ってなってそう><(被害妄想かもしれない)
『conceptual interestsが限られた分野のみに向いている何らかの分野を教える講師』が教育学に興味を持たないのも結局、興味を持つきっかけが得られなかったからであろうと言えるだろうし、その分野で学ぶ学生も、何らかのきっかけが与えられなければ興味を持たないのも当然といえそう><