あと、究極には誰にとっても使いやすいは無理だけど、一方で論理的に誰にとっても使いにくいデザイン(操作をミスしやすいデザイン)はあって、例えば「ひねると水が出る蛇口」があったとしてそのハンドルが「引っ張りあげやすいデザイン」になっていたら、多くの人は引っ張りあげようとしてしまう><逆に「いかにも普通の捻って開ける蛇口のハンドル」がついているのに「引っ張りあげると水が出る」仕組みになっていると多くの人は「この蛇口マジで超固い!」「蛇口が壊れた!」ってなっちゃう><これは、『操作できるであろう選択肢の絞り混み』と『既存環境からの知識』の両方の問題がある><(超長いので一旦省略)この例で言うと、「ハンドルを捻れる」「ハンドルを引っ張りあげられる」みたいな機能をアフォーダンス、それらが出来るであろうと言う情報をシグニファイアという><
(省略した部分を短く)『既存環境からの知識』との不一致は、慣れとも一応言えなくもないし、そのユーザーの文化圏に大きく依存する>< つまり好みの問題と見てもそれほど間違いではない><
一方で『操作できるであろう選択肢の絞り混み』の失敗、「引っ張りあげられるハンドル形状にも関わらず引っ張りあげるのではなく回す操作になっているUXデザイン」のようなものは、慣れれば使えるという言い訳で済ませて許されるものではない><クリティカルな場面でのデザインでそんな事をすれば死亡事故にも繋がる><
思考の /dev/null