えっと、ここで絶対に役立つ、良い介入の仕方ですけれど、「これ変じゃない?」と思ったら、近くに移動して立って、加害者と思わしき人と目線を合わせるだけでも効果があります。向こうは被害者を孤立させたいので。
ここでより介入してくれるなら、数人でその加害者を引きはがしにかかって欲しい。因縁をつけられているとしたら「その話ちょっと聞こえちゃって、興味があるんですけれど」などなど。バイスタンダーになってくれ。
その上でわたしの見解を述べると、自ら命を絶ったトランスジェンダーの増加が、ジェンダー肯定ケア―というよりは具体的には思春期ブロッカー投与を指している―が奪われたからだと結論づけるのは早計だし、数字の増減ではなく、その人たちがそうなってしまった背景について考える必要がある。
思春期ブロッカーを投与して、二次性徴を止めてホルモン注射や性器を含む身体の形成手術をすれば、その人たちのさまざまな困りごとや悩みごとは解決したのだろうか?
性別違和がある当事者に対しては発達障がいや統合失調症等の精神疾患との関連を指摘されることもあるし、また同性愛者である自分を受け入れられず、自身をトランスジェンダーと認識する例もあるという。
特に女児に関しては性被害のトラウマから、自身の身体が受け入れられない等、特有の事情もある。
性別違和を訴える子どもたちの「主訴」のみを受け取って、では思春期を止めてジェンダー肯定ケアをしましょうというのが医療のあり方なのだろうか?
Xで「Transgender suicide」「Cass review suicide」などの文言で検索するといくつかの国で、「性別移行後の自殺率高止まり」が調査結果として出ている。それらも単に数字のみに着目するのではなく、背景にあるものを考えないといけないとは思う。
いずれにせよ自殺率の高い人たちという哀しい現実はあるようだ。
可能な限り心身ともに健やかに長く生きてもらえるように、さまざまなアプローチが必要だと思う。
そのためには本人の生きづらさや困りごと、「性別違和」の背景にあるものをじっくりカウンセリングし、アセスメントし、適切な医療アプローチをする必要がある。
特に早い段階で性別違和を訴える子どもたちについては、成人後は同性愛者になっていることも多いという。
メディアやインフルエンサーによって知らず知らずのうちに洗脳されていることもあるだろう。
こうしたメンタルヘルスケア中心のアプローチはコンバージョンセラピーとは違う。
不可逆的に健康な身体を損なう投薬を、不必要な人に投与するよりはるかに合理的だと思われる。
安直に思春期ブロッカーを復活させればよいというのは、思考の怠慢だ。
とはいえキャス報告の存在そのものを無視したトランスアライが多い中で、きちんと向き合った反論がきたのは驚いた。
今後はそうしたアライの主張にどう立ち向かうかということを考えさせられる一件だった。
死は不幸ではない 生は幸福ではない