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「フォキオンの政敵たちは、ギリシア解放の大義を唱えては何度も兵を挙げてマケドニアと開戦した。マケドニアとの戦争に腰を上げようとしないフォキオンは無為無策と非難されるが「アテナイ市民が故郷に埋葬されるというのは、大事な成果ではないかね」と平然としていた。そしてフォキオンの眉間を笑いものにした政敵たちは、マケドニア軍と戦う度に無残な敗北を喫し、アテナイの若者は異郷の地に骸をさらし続けた。  アテナイの城門にマケドニア軍が迫り滅亡の淵に立たされる度に、和平の使節として赴くのがフォキオンの役回りだった。フォキオンの言葉にはマケドニアの王たちも耳を傾け、アテナイは度重なる敗北にもかかわらずテーバイのような滅亡を免れたのである。  今日でも外交政策について追従だ自立だと論議されるが、理想には代償が要求されることは考えておく必要があるだろう。少なくともアテナイは、理想の追求に彼らなりの代償を払ったのだ。代償を払おうとしない理想主義には、いくら美辞麗句を連ねても現実を動かす力はない。  そしてなお古代ギリシア文化の遺産を今日に残したのは、理想家ではなくフォキオンの渋面だったことは事実なのである。」

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