#武蔵野線 #新小平駅 が平成3年台風21号の大雨で浮かび上がり、 #西国分寺駅 - 新秋津駅が不通になったことにより計画された #新秋津駅 - #秋津駅 間の仮設連絡通路の詳細は以下の通り ( #朝日新聞 東京むさしの版 1991/11/17 P.29より)
・1991/10/18に計画が明らかになった
・両駅の間に約130mの屋根つき通路を設置し、乗換を5分以上から2分足らずに短縮
・経路は2026年5月発表の物と変わらず
・東村山市役所を通じて計画を知った料亭やパチンコ店店主らが「『仮設連絡通路計画』連絡会」(ママ) を結成し、反対を申し入れ
・連絡会は、便利な連絡通路ができると客足が遠のき、生存権が奪われるに等しいとコメント
・連絡会のメンバーは、地域の整備と抱き合わせでないと連絡通路が認められない。再開発ビルを造ってくれて入居したいとコメント
・東村山市は1960年代に秋津駅前広場の整備を都市計画決定するも、1991年の5ヶ年計画にすらカネがないため事業の本格化は見送り
なお、当該記事である多摩リポートは多摩東・多摩西版にも掲載されているが、複写の都合で東京むさしの版を底本としている
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つまり、 #新秋津駅 - #秋津駅 の #商店街 が、乗換通路の建設に反対していたのは事実です