@syumari 若い人間には、先が見えない恐怖ってのがあるんよ
@hadsn 先が見えない事に年齢は関係ない。
その時その時に感じる恐怖にどう立ち向かっていくかなんですよ。
若い人には疾患で死ぬなんて恐怖は殆どないでしょ?
それなりの役職について重責を担う事の恐怖なんて想像できないでしょ?
@syumari うーん、それはそれでつらさマウンティングな気がするワネ。違う理由でみんなつらいので
@hadsn マウントじゃないのよ、人間いつでも恐怖と戦ってるのよ。みんな違うってんなら年齢も関係ないじゃない。その時点で矛盾してることに気付かないと。
そんな不幸自慢したところで何にもならんのだから。
@syumari "先が見えない恐怖" という言葉をめっちゃ雑に用いているから、矛盾しているところは何もないよ。言葉通りの "将来がどうなるか判らない" という意味合いと、逆に "どうありたいか定まっているが、その姿になるための筋道が思い浮かばない" or "その道が困難すぎて到達できる気がしない" という2つの意味合いがあるわけで。不幸自慢のようなつらさマウンティングが不毛なのは同意するけど、年寄り (比較の問題) が若者に対して年齢で云々というのもつらさマウンティングの1つだと思うのよね
@syumari マウンティングが劣等感の裏返しというのには概ね同意するんですが、つらさを感じているときにつらさマウンティングをされると不愉快になると思うんですよ。わざわざこのような場でつらさを開陳しているわけですから、自分よりつらい境遇にある者が居るかどうかは問題ではなく、自身のつらさに対する解決やら同情やら、はたまた純粋な開陳のみやらを求めていることは自明なのです。普通のただの自慢としかいえないマウンティングなら、"何を言っているんだコイツ" だの "ハハッワロスw" と嘲笑する一方で、つらさの主たる要因に対して "不平を漏らすな、その状態にないこちらはもっとつらい" などとつらさマウンティングをされたらたまったものではないでしょう。このようなつらさマウンティングは、救われようと登り始めた蜘蛛の糸を断ち切ったり (つらさを感じている人間をつらさの淵に再度落とす)、カンダタの足を掴んで引きずり降ろそうとする (つらさを感じている人間に怒りを感じさせる) 行為に他ならないと思うのです