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"確率的オウムという表現は当時としても心の哲学や生物の脳の仕組みを全く理解していない誤った表現であったと思うのですがどうでしょうか?><

最も大きな問題としては、これは創発を全く考慮していない表現であると思うのです><
確率的オウムの論文の筆頭著者こそ言語学系の人物ですが他の著者がAI系の研究者である点から考えると、この論文の水準の低さを浮き彫りにしている点であると思うんです><
言ってみれば、分野外の研究者によって書かれてしまい、重要な論点が議論されず、そしてその重要な論点を理解していない研究者によって高評価されてしまった論文のひとつなのではないかと><
酷さのレベルは大きく圧倒的に違いますが、方向性としてはソーカル事件に近い側面があるのでは?><

ソーカル事件が暴いたのは、査読は真に専門性がある者によって行われなければ何の意味もなく、そして何らかの研究者(特に科学哲学に対して真摯ではない者)は、専門外の記述に対して安易に称賛してしまうということです><
その点で、確率的オウムの論文はまさにそうであると言えるのではないでしょうか?><"

フォロー

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"AI倫理の専門家であることは、心の哲学や脳神経学の専門家であることを意味しませんし、AI倫理の専門家とAIの内部構造や内部解析の専門家は異なります><
他所の分野で言えば、建築家と都市計画の専門家は異なります><
創発の理解は建築では無く都市計画、植物学ではなく森林学です><"

"確率的オウムという表現が許されるのであれば、人間や多くの生物は閾値計算マシンでしょう><"

"しかも元論文の主張は言ってみれば小さなモデルには限界があるくらいの事しか実際には言えてませんよね?><
ですが、その誇大な宣伝と大袈裟なタイトルによって本来評価されるべき分野、たとえば心の哲学や脳との比較などの知識を持たないものから高く評価されてしまったことは、結局ソーカル事件とたいして変わらない構図であると思うんです><"

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