結局のところ、レオ14世は奴隷制度に対する反省を述べてる一方で、AIに関する説明では自然奴隷を肯定した時のアリストテレスのロジックをほぼそのまま流用してるような状況な訳で、どこをどう反省してるのかということになる><別にAIに人権をとは言わないけど、自然科学的な観測事実までも無視して不公平に言及してたらやってる事は結局同じでしょ><
信仰を護る事は差別をやめる事と比べてそんなに大事な事かね?><
もう少しわかりやすく言うと><
もっとも重大な点はAIへの技術的理解の低さという知識の面の問題よりもむしろ、「自分達がなぜ今まで差別を行ってきてしまっていたか?」というロジックへの見直しが無い点であると私は思うんです><これはとても致命的な点です><だからこそ「○○人への差別は間違いだった。我々はなんて酷いことを今までしてきてしまったんだろう、本当にすまない。××人? あいつらには魂も知恵もないだろ」ということが何千年もまかり通ってきた>< そこへの反省がない><
思考の /dev/null